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なぜあいつは視界に入る

 友人たちとの傷心旅行が終わり、すっかり日常を取り戻す愛理。

 いつも通り朝には出社し、しっかり仕事をこなし夕方には帰宅する。実に規則正しい生活を続けるが。

 時折、視界に奴の姿とその相手が目に入ってくる。

 雅哉は愛理の会社近くで勤務している所為もあるが、それでも仲睦まじいさまを見せ付けられて、不愉快な思いをすることも多い。


「転職しろ」


 退勤時に目に入るとつぶやく。

 またある時は。


「クビになーれ」


 怨念を込めてつぶやいてみるも、奴は時々視界に入ってくる。

 別れた相手を見ると、どうしても独り言が口を衝いて出てくるのだ。同僚と一緒の時は「どしたん」とか「なにそれ」など、疑問を抱かれることもあるが。別れた相手と知ると「無神経」「嫌味だよね」となる。

 見せ付けている、そう受け取る同僚たちだ。


「そんなこと、無いと思うけど」

「でもさあ、良く遭遇するし、しかも腕組んで」

「あれって丸茂さんに当てつけてるでしょ」

「だよねえ。丸茂さんよりいい女捕まえた、とか思ってそう」


 性格の悪い男、と思われているようだ。同僚の口から零れる言葉に苦笑する愛理だった。


「近いから仕方ないと思う」

「でも少しは遠慮するでしょ普通」

「ほんと、無神経で嫌味な奴」

「見せ付けてるでしょ。絶対」


 雅哉の新たな相手。まつ毛は盛られマスカラもべったり。ラメ入りのアイシャドーが夜の蝶を想起させる。リップはマルベリーカラーで、沈んだ感じの紫色だ。チークも強めに入りわざとらしい。目の小ささをカバーし、凹凸の少ない顔面のアクセントとして足掻いた結果であろうか。同僚たちも「目が小さいから」と口にする。


「あんな髪染めて文句言われないんだ」

「カッパーライトブロンドみたいだし」

「ど派手。色だけ見るとストレリチアだよね」

「人それぞれだし、会社で許可されてるんなら」


 軽いため息を吐きながらも、他所は他所、という感じで話題から逃れようとするも。


「甘い」

「だね。だからあんなのに寝取られる」

「あの服だって、これ見よがしに胸元強調してる」

「あれって、風俗嬢だよねえ」


 見る目が無いにも程がある、と憤慨する同僚だが、愛理にとっては一度は愛した男だ。あまり扱き下ろされてもと思うのか「悪口言ってると皺が寄るよ」と窘める。


 ある日、ランチで入った飲食店で目撃した。


「あ、あいつ居るじゃん」

「相手、いつもの風俗嬢」

「あいっかわらず派手」


 メイクが汚いと散々な感じだ。


「メイク落としたらのっぺり」

「目はどこ? なんてなりそう」

「黒い点があるだけ。鼻も低いし」


 愛理を庇ってくれている、とは理解するものの相手を下げる発言ばかり。

 翻って愛理のメイクはナチュラル系。ゆえに正反対の相手でもある。服装もまた控えめな雰囲気で目立ちにくい。


「あれが好みだったんだ」

「丸茂さんの方が断然いい」

「だよね。すっぴんで綺麗だもん」

「そんなことないけど」


 会社が近所ゆえにこの手の状況も已む無し、と思うようにする愛理だった。

 それでもできることなら、視界に入らない行動を、などと思わなくもなかった。


 またある日は、同じ車両内で遭遇する羽目に。

 帰宅方向は違うのになぜか同じ車両に乗っている。


「もしかして」


 相手の女性が愛理と同じ方角の可能性もある。そうであれば、今夜はきっとお愉しみなのだろうと邪推するも、すぐに頭からその考えを振り払う。

 嫉妬しているようで嫌だったのもあるようだ。

 すでに別れてひと月以上経過している。まだ引き摺っていると考えたくないのだろう。

 視線を雅哉から逸らし車窓の風景を見やる。すっかり暗くなっていて、街の明かりが矢継ぎ早に尾を引くように流れて行く。


 下車する頃には忘れた、わけではなく無視して車両をあとにした。

 それでも雅哉を一瞥し、ため息ひとつ。

 まだ乗車しているということは、この先のどこかの駅で降りるのだろう。


 家路を急ぐもつい独り言が漏れ出る。


「忘れたいのに」


 こうも毎回顔を見ると忘れることができない。


「転職」


 自分が転職すれば完全に吹っ切れる可能性はある。そう考えてしまうほどに、気持ちが引き摺られてしまう日々となった。


 重く垂れ込める暗い雲。雪がはらはら舞う仕事終わりの時間帯。

 寒さが身に染みるほどで、足早に帰宅することにした愛理。その際にまたしても遭遇したようだ。

 首回りに豪快なフェイクファーを纏い、雅哉に体をべったり預ける女と、雅哉の首に巻かれたマフラーに気付く愛理。


「あれって」


 愛理が雅哉にプレゼントしたマフラーだ。他の女と連れ立っているのに、堂々とそれを首に巻き付けている。

 雅哉の匂いのするものはすべて捨てた愛理に対して、今もしぶとく使い続ける元カレの男の無神経さ。物を大切にする、と考え納得させようとするも、何か腑に落ちないモヤモヤを抱える。


「あたしは捨てた。あんたも捨てろ。なんでいつまでも使ってる」


 むしゃくしゃしたのか、薄っすら白くなっている路面を蹴ってみた。

 それと同時に滑りそうになり、慌てて態勢を立て直す愛理だ。


「また……バカみたい」


 見ないようにして駅へと向かうと、後方から険悪な雰囲気の声がしてきた。

 声の主の一方は聞き覚えがある。もう一方の声は初めてだ。聞く気はなかったが、興味本位もあって聞き耳を立てると。


「まーちゃんさあ、そのマフラー」

「勿体無いだろ」

「じゃなくてさあ」

「まだ使えるんだからいいだろ」


 相手の女に気付かれているようだ。それを知ると同時に頬が緩み、口角が上がっている。軽く振り向きどんな顔をして、言い訳をしているのか見てみると、マフラーを剥ぎ取ろうとする女と、それに抵抗する雅哉の姿が目に入った。


「やめろって」

「前の女の物なんて捨てるのがじょーしき」

「だから、使える物を捨てなくても」

「無神経」


 双方の表情を窺うと徐々に険しくなる女と、鬱陶しくなってきた感の雅哉が居る。


「まだ未練あるんだあ」

「無いって」

「あるから使ってるう」

「ちげーっての」


 徐々にヒートアップするふたりに対して、深いため息を吐く愛理。

 呆れ気味に様子を見ていると、ここでやっと雅哉が愛理の存在に気付いたようだ。

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