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この力が、人の役に立つのならば

 自らの意思で初めて禁術を使った日の夜――

 部屋に帰ると、ニヤニヤ顔で猫がわたしを待っていた。


『お前、使ったな?』


「な、なんのこと?」


『禁術だ。偉大なる我が作り出した偉大なる魔術だよ』


「適当なこと言わないでよ!」


 わたしはごまかした。こいつに隠す必要はないのだけど、素直に認めるのもしゃくにさわる。


『適当には言っておらぬ。偉大なる我は感じ取れるからな、禁術が使われたことを』


「……本当なの?」


『本当だとも。ここに戻ってくる少し前だろ、使ったのは?』


「うぐ」


 そう言われると、ごまかしようがない。本当にわかるのか、こいつは。


『くくくく、やはり我慢できなかったなあ……偉大なる我が作り出した偉大なる魔術を使わずにはいられなかったかあ……あっはっはっは!』


 笑い声をこぼしながら、猫が続ける。


『そうね、絶対に禁術は使わない、キリッ! かーらーのー……使っちゃった! いいだろ〜、偉大なる我が作りし禁術、いいだろ〜』


「ぐぬぬぬぬぬ!」


 言い返せない!

 そんなわけで、わたしは早々に話題を変えることにした。


「あのさ、あなた、わたしの飼い猫になるのよね?」


『んー、まあ、偉大なる我の作った禁術を使ってしまったお前が、ぜひ世話をさせてくださいと頼む以上は仕方あるまいな』


 ピキッ。

 調子に乗っている魔王の口調に怒りが高まる。


「……だったらさ、名前を決めないとダメだと思うんだけど?」


『何を言っている。偉大なる我にはアンゴルモアという偉大なる名前が――』


「ダメダメ、他の人もいるんだから。もっと穏便な名前にしないと」


『……仕方あるまい。それで?』


「ニャンゴルモア」


『は?』


「あなたの名前は今日からニャンゴルモア。わたしはニャンゴルモアとしか呼びません」


『な、な、ななな、なあああああ!? なんだ、そのへんてこな名前は!?』


 露骨に魔王は焦っていた。

 んふふふふふふ。

 常に一人称が『偉大なる我』とか、やたらと尊大なので自己愛が過多なのだろう。であれば、こんな可愛い名前をつけられて平気なはずがない!

 からかわれた復讐と――

 わたしをこんな体質にしたことへのささやかな反撃だ!


『アンゴルモアだ!』


「ニャンゴルモアで」


『アンゴルモアだ!』


「ニャンゴルモアで」


『アンゴルモアだ!』


「ニャンゴルモアで」


 その晩、お互いに力尽きるまで、その押し問答を続けた。


 で、結局のところ――

 魔王の名前は『モア』に落ち着いた。


 ニャンゴルモアだとアンゴルモアという言葉に似ているので、当初の『アンゴルモアという呼称を避ける』というコンセプトから外れているというツッコミが強烈で負けてしまったのだ。

 それでも魔王は不服そうだったけど。


 翌日の朝。


 夜遅くまでやり合ったせいか、寝起きのわたしは寝不足による頭痛を覚えた。今日はサボってゴロゴロとしたい気分だが、わたしは冴えないポジションの勤め人。せめて勤勉さだけは取り柄でいたい。

 テキパキと出かける支度をし終わった頃――


 新しい飼い猫は短い手足を投げ出して、ぐーすかと眠っていた。


「あなたは気楽ねえ……」


 そう言いつつ、茹でたささみ肉を載せた皿と水を注いだ皿をモアの近くに置く。

 毛並みの長い可愛らしい体躯を眺めてみると、


「うーん……やっぱりニャンゴルモアのほうがいいと思うんだけどね〜」


 我ながら最高のネーミングセンスだと思う。

 尊大なる魔王様はその名前に納得していなかったようだが。


「じゃ、いってくるね」


 そう言って、わたしは仕事場へと向かった。

 で、粛々と仕事を片付けていると――

 もうすぐ帰宅時間というところで、部屋に戻ってきたダグラスが大声を上げた。


「全員、集合! 話がある!」


 同僚の男性が苦笑を浮かべつつ、こうまぜっ返した。


「昨日の今日でデジャブしちゃうんですけど、まさか、また保管庫が荒れ果てたから片付けろ、なんて指示じゃないでしょうね?」


 男の言葉に周りが笑う。

 だが、ダグラスは愛想笑いを浮かべなかった。


「……心配するな、違う。真剣な話だ」


 厳しい声色に同僚たちの様子が変わる。慌ててダグラスのもとに集まると、ダグラスは切り出した。


「さっき上から通達があった。5等級以上の職責者のみにな」


 5等級はわりと高い職責になるのだが、社会的な地位が高い宮廷魔術師なら満たしている。

 その層にのみの通達事項となると、なかなか大変な内容だと思うのだが――


「悪しき者が王国を狙っているそうだ」


 悪しき――者?

 同僚のひとりが戸惑いの声をあげる。


「なんですか、その、悪しき者って?」


「わからない」


 ダグラスは首を振った。


「ただ、王国に仇をなすものとおっしゃっていた。軍師グランデール様の言葉だ」


 最後に告げた名前で再び宮廷魔術師たちは驚きの声をあげる。

 軍師にして王太子グランデール。

 その名前を知らない人間はここにいない。天才の名を欲しいままにする貴公子。わたしのような堕ちた天才とは違う、今も輝き続ける王国の至宝。


 その彼がそう言ったのなら、それは間違いなくそうだろう。

 何か邪悪なものがこの王国を狙っている――


 ずん、と空気が重くなる。

 だが、続けて話したダグラスの言葉はそれ以上の衝撃だった。


「グランデール様は古に倒された魔王にも匹敵する力を持つ可能性もあるとおっしゃっていた」


 魔王!

 エリート揃いの宮廷魔術師たちがざわざわとざわめいた。

 ……今でこそ、無力だけど尊大なマンチカンになってしまったが、在りし日の魔王の伝説はとんでもないものばかりで、昔話としてよく聞かされている。

 それと並ぶほどの脅威とは、すなわち、厄災級の相手だということだ。


 ダグラスはこう言った。


「本件についてはグランデール様が直接指揮を取る。これから通常外の突発的な業務が増えるので対応をよろしく頼む」


 否はない。

 わたしたちは、王国に尽くす宮廷魔術師なのだから。

 周りから声が聞こえる。


「邪悪なるものか……。まさか、俺たちの時代にな……」


「宮廷魔術師としての責務を果たすときだな!」


「気を引き締めていこう!」


 わたしは手をぎゅっと握った。

 どうやら、また禁術を使うための理由ができたようだ。この王国を悪の手から守る。普通の魔術をはるかに超える禁術。きっとそれは皆を守る助けとなるだろう。


 大変だな、と思ったけど――

 少しだけ胸の高鳴りを感じているわたしもいる。


 ……だって、自分の力が役に立つのだから。


 かつて神童の翼をもがれたわたしだけど、過去の栄光だけが取り柄のわたしだけど。

 今はそれだけじゃないと胸を張って言える。


 わたしには――

 わたしだけが使える禁術があるのだから。


 わたしの無駄で蛇足なオーバースペックには意味があった。己の才能が、この世界の役に立つという確かな確信。


 わたしは、わたしを諦めなくてよかった。


 だから、わたしは禁術を使おう。

 人々を守るために。

 こんな自分の力が役に立つのだから。


 ……もちろん、バレないように、だけど……。


今日の更新はここまで。明日からもしばらく連日投稿します。


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