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若き天才――軍師にして王太子グランデール・ハイレンダール

 その翌日の昼下がり――

 宮廷魔術師グライディーヌ隊の隊長ミドルトンは頭痛を覚えながら、王城を歩いていた。

 頭痛の原因はドリッピンルッツ隊のダグラスがもたらした報告によるものだ。


 ――昨日、公爵の命令に従い保管室の整理に着手したが、その途中、突然、散乱した本棚と書物がひとりでに動き出し、ドリッピンルッツ隊の面々が見守る中、元の状態に戻った。


 ふざけるな、とミドルトンは思ったが、起こったことに間違いは無いのだろう。


 白昼夢と切り捨てたいが、ドリッピンルッツ隊の前で起こった事ならそれもありえない。

 あまりにも訳がわからない事態。


(……俺もダグラスに倣って、ありのままを話して上にすべてを任せるとするか……)


 だが問題は、報告する相手がそれを気前よく許してくれるかどうかだ。

 報告相手はそれほど甘い人物ではない。


 王国軍師グランデール・ハイレンダールは。


「失礼します」


 ミドルトンは、そのグランデールの執務室に入る。

 大きな執務机の向こう側に金髪碧眼の甘いマスクの若い男が座っていた。


「ようこそ、ミドルトン」


 作業していた手を止めて、にこやかにグランデールが歓迎する。

 執務机の前に立ち、ミドルトンは口を開いた。


「至急、報告したいことがあり参上いたしました」


 グランデールの年は弱冠22歳。

 10も年上のミドルトンだが、敬語で話すことに疑問はない。

 グランデールの階級がミドルトンよりも高いからだが、それ以前に、彼は次期国王を期待される王太子だからだ。


 それだけではない。

 彼の実力もまた折り紙付きだ。


 子供の頃から神童と呼ばれ、その才覚は多くの人間に認められている。王国軍師という要職を得たのも、高貴なる血統のおかげではなく実力ゆえだ。

 だから、ミドルトンはグランデールに純粋な敬意を払っている。

 そんなミドルトンにグランデールが微笑みかける。


「それは、人知を超えた現象がまた起こったからか?」


「はい、そうです。……が、なぜ?」


「ここ数日でお前が血相変えてやってくる話はそれくらいだろう?」


 グランデールが楽しげに笑う。


「発動したのは昨日の夕方ごろかな?」


 ミドルトンは息を飲んだ。

 そんなミドルトンをグランデールが楽しそうに見つめる。


「冗談だ。実はカンニングだよ」


 そう言って、 グランデールは机にある水晶玉を指差した。


(……前にきたときはなかったような……)


 いぶかしがるミドルトンにグランデールが言葉を続けた。


「こいつの種明かしは後だ。で、何が起こったのか報告してくれないか?」


「わかりました」


 ミドルトンは保管室で起こった異常をグランデールに説明した。

 聞き終わってから、ふふっとグランデールが笑う。


「荒れ果てた書庫が自動的に戻っていったねえ……」


「はい。嘘のようですが――」


「いやいや、信じるよ」


 ミドルトンは驚いた。

 こんな荒唐無稽な話があっさり認められるなんて!?


「なぜなら――こいつが反応したんだ。どんな奇跡のようなイカサマだって信じるしかない」


 そう言って、グランデールが水晶玉を手で触る。


「この水晶玉はね、とある魔術の発動に反応するんだ」


「……そんなものが!?」


「前の大戦で使ったものだ。さすがは王族だよね。本当にいろいろな宝が収蔵されている」


「……とある魔術とおっしゃりましたが、どんな魔術なんでしょうか?」


 ミドルトンの問いにグランデールはニヤリと笑みを浮かべた。


「禁術」


「!?」


「前の大戦で使ったもんだと言っただろう? 禁術を使う魔王の動きを調べるためのものなんだよ、これは」


 禁術を探知する――その事実だけでも驚愕に値するが、その言葉はよりとんでもない事実に触れていた。


「グランデール様、それではつまり、使われているものは間違いなく、禁術だと?」


「みたいだね」


 薄笑みを浮かべたまま、グランデールは水晶玉を手で撫でている。

 ミドルトンは身体が強張るのを自覚した。部下と冗談まじりに「禁術かも?」なんて話していたが、全く本気ではなかった。

 それほどに禁術とは遠い存在。

 だが、どうやら事実は現実を超えているらしい。


「魔王しか使えない禁術――魔王の死とともに消えてしまった禁術。禁術はこの世に復活した、そういうことだね」


 その話を聞き、ミドルトンは実務家としての落ち着きを完全に取り戻した。

 続いている怪奇現象が理解できなかったのでミドルトンは困惑していたが、グランデールが「禁術である」と結論づけてくれた。

 もう意味不明な怪奇現象ではない。


「どこかの誰かが禁術を覚えてしまった……そういうことでしょうか?」


 であれば、そのどこかの誰かを見つけて捕まえるだけだが。

 王国の法は言っている。

 禁術を使ったものは等しく死罪だと。

 見逃す選択はない。


「案その1という感じだね。だけど、私は案その2を提案したい」


 グランデールはもったいぶるように間を置いてから、こう続けた。


「魔王が蘇った――これはどうだろうか?」


「ま、魔王が!?」


「うむ。なぜなら、禁術を使えるのは魔王だけ。それが絶対のルールならば――やはり魔王復活を可能性から排除はできない」


「ですが、魔王は500年前に死んだのでは――?」」


「禁術という人の領域にはない恐ろしい魔術を生み出すほどだ。500年の時を超えて蘇ってきても、私は不思議だと思わないね」


 淡々とグランデールが言う。

 ミドルトンはグランデールの洞察力に尊敬の念を抱いた。魔王は死んだ――その事実に囚われることなく、グランデールは魔王復活という可能性を提示したのだ。

 なんと言う柔軟な思考だ!


「さすがです、グランデール様……!」


「そうか? これくらい、普通だろ?」


 黄金の髪をかき上げながら、グランデールが余裕の笑みを浮かべる。


「リスクが高い方を想定して動く。ならば当然、魔王復活を念頭に対応を整えるべきだろう」


「おっしゃる通りです」


 そこでミドルトンはふと気になった疑問をグランデールに投げかけた。


「ですが……なぜ昨日、わざわざ本棚を片付けたのでしょうか? 魔王には理由がないと思うのですが」


「もちろん、そんなことは私にもわからない。手がかりが何もないからね」


 ふふっとグランデールが笑う。


「だけど、可能性なら考えられる。そうだね……あの保管室には魔王が欲している本があったとか。その本が破壊されていては困るから――魔王は全てを元に戻した」


「……な、なるほど……」


「あくまでも仮説だがな。ただ、荒唐無稽ではない――私はそう言いたいだけだ」


 少し考えてから、グランデールがこう続けた。


「ミドルトン、王城の5等級以上の役職者に『悪しき者の力が王国を狙っている』と知らせを出せ。もちろん、極秘扱いで」


「……悪しき者? 魔王ではなく、ですか?」


「魔王という言葉は強すぎる。多くの人間の心に重圧をかけるだろう。それに確証もない。今はまだボカしておけばいい」


「わかりました」


 そう応じてから、ミドルトンはさらに確認する。


「ここ連日の不可思議な事象、悪しき者の禁術だと伝えますか?」


「ならぬ」


 あっさりとグランデールは禁じた。


「こちらが禁術を検知できる事実は隠したい」


「わかりました」


「今後は私が中心となって指示を出す。忙しくなるぞ、ミドルトン。平和で退屈なものだと嘆いていたが、なかなかどうして、存外に熱い時代になりそうではないか!」


 王太子の声は熱を帯びていた。

 その熱はミドルトンに伝わり、ミドルトンの胸を高鳴らせる。


 動乱! あまり喜ぶべきものではないが、その響きには、確かに血と肉を沸き立たせる何かがある。起こるべきではないが、起こってしまったのなら覚悟を決めて臨むのみ。


 ミドルトンは尊敬できる上司がいることに喜びを覚えた。


「宮廷魔術師として、殿下の忠実な配下として、粉骨砕身、尽くさせていただきます!」


 こうして――

 王国はひそやかに魔王への警戒体制を強めていくのだった。


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