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ミリアは禁術を使った!

「どど、どうしたの、猫ちゃん!?」


 わたしが手を差し出すと、猫はよたよたと起き上がろうとして、またバタッと倒れた。

 猫はきっとわたしをにらむ。


『よ、寄るな! 貴様!』


「え、え、ええ? どうして!?」


『忘れたとは言わさんぞ! 偉大なる我に屈辱を与えたことを!』


 猫はむっちゃ怒っている。

 だけど、その全てはわたしにとって全く身に覚えなのないことだった。


「人違い、じゃないかな……?」


『忘れるわけなかろう!? 500年にも及ぶ偉大なる我の大計を台無しにしたお前を!? しかも、昨晩の出来事だぞ!? 間違えるはずがない!』


「昨晩……?」


 そこまで言って、わたしは首を傾げた。


「昨晩、わたし、何かしたの?」


『はあ!? 覚えていないのか!?』


「え、えーと……はい」


『貴様! 偉大なる我の500年を踏み潰しておいて、その言い草か!?』


 猫がシャアアアアア! と威嚇の声を出す。


「ひ、ひいいいいいい! ごごごごめんなさいいいい!」


 反射的に謝ってしまった。

 どうやら、わたしは何かをやらかしてしまったらしい。


「あの、何があったのか、教えてもらえますか?」


『本当に覚えていないのか?』


「……はい」


『精神を乗っ取ったり、身体を奪い取ろうとした後遺症かもな』


「はい!?」


 何を言っているのだ、この猫は。そんなことをしようとしたのか!?


『そう身構えるな。ふん、安心しろ。今の偉大なる我にそんな力はない。乾坤一擲の大勝負は終わったのだ』


「……昨日、何があったんですか?」


『話すのも癪に触るが、覚えていないのも癪に触る。教えてやろう。とくと聞け』


 それから猫は昨日のことを話し始めた。


『この猫は仮の姿。このままだと偉大なる我本来の力を発揮できない。そこで画策した。禁術を人に覚えさせて、その身体を乗っ取ろうと』


 禁術――!?

 またしてもその言葉を聞こうとは。


『あの部屋に潜伏していた偉大なる我は、やってきたお前の心を乗っ取り、封印されていた禁術の書をお前に読ませた』


「封印されていた、禁術の書!?」


 え、噂でしか聞いたことがなかったけど、それって本当にあったの!?


「ていうか、読んだ!? わたしが!?」


 ま、まあ、覚えると死罪らしいから、読んだだけならセーフかな……知らないけど……。


『そう、読んだ。そして、お前はその全てを覚えた』


 覚えてるぅー!? え、死罪確定?


『あとは偉大なる我がお前の身体を乗っ取れば全ては終わるはずだったのだがな』


「できなかったの?」


 そう言いつつ、わたしはほっと息を吐き出し――


『まさか、お前が禁術で反撃してくるとはな』


 むせた。

 ……禁術で、わたしが、反撃?


「い、いや、そんなの、え?」


『できるはずがないとたかを括っていた。覚えたとしても、お前たち人間に扱えるものではないと――だが、お前は確かに使った。『断絶されし世界の沈黙』で偉大なる我の干渉を弾き、『世界を浄化せし閃光』で偉大なる我を吹き飛ばした』


 う、うう……。

 なんだろう、まだ昨晩のことはあんまり思い出せないのだけど、今、猫が口にした魔術の名前を聞いたとき、意識の奥底にある何かが反応した気がした。

 い、いや……た、たぶん、心のどこかが敏感になっているだけだ。たぶん。


「えーと、禁術なんて、わたしは使えないよね?」


『使えるが? ていうか、使ったが?』


 わたしは額に指を当てた。


「あれでしょ? 何か、こう、わたしをハメようとしているよね?」


 わたしの悪あがきに、猫はうんざりしたような表情を浮かべる。


『……信じられないのなら、使ってみればいいのでは?』


「え?」


『空に向かって手を伸ばして――お前の心のうちをのぞいてみれば、口にするべき詠唱が見つかるだろう』


 わたしは手を青空に向けた。

 言葉が口から自然とこぼれ落ちていく。


「世界はともがらばかりではなく――暗い心で満ちている――それらを敵と名付けよう――敵意あるものは討つべし――害意あるものは消すべし――悪意あるものは滅すべし――私の敵を穿ち、砕け――顕現けんげんせよ、暁の輝き!」


 熱くなった魔力が、体内を駆け巡る。


「『世界を浄化せし閃光』!」


 うわあ!?

 暴風がわたしの周りに吹き荒れた。まるで地面に叩きつけられるかのような勢いに思わず尻餅をつく。

 わたしの右手に出現したまばゆい閃光が、蒼空を切り裂いて大空へと飛んでいった。


 ……で、出た……。


 わたしは思わず右の手の平をじっと見つめる。

 なんだか、とんでもない威力のものだというのはわたしにも感じられた。現出した光のエネルギーが明らかに普通の魔術で生み出せる領域を超えていることもわかった。

 禁術と言われても、仕方がないものだった――


『ふん、さすがは偉大なる我が作った魔術。素晴らしい』


 やたらと気取った様子で猫が喋っているが、風で吹っ飛ばされた猫は葉っぱの落ちた背の低い樹木に引っかかっていた。

 猫の言葉はわたしに届いていなかった。

 別のことを考えていたからだ。

 さっきラルフはこう言っていた。


 ――保管室の外壁が内側から破壊されたんだ。何か閃光のようなものが飛び出した、と報告されている。


 で、今、ここでわたしは上空に向かって閃光を撃ち放った。

 おそらくは、昨日と同じものを。


 ……むっちゃ、城内、騒然としているんじゃないだろうか?

 そして、禁術=死罪である。


 あれ、これ、やばない?


 わたしの脳細胞は0.1秒で答えを弾き出した。


「やばい!」


 声を上げて立ち上がり、反射的に走り出そうとして――

 低木に引っかかっている短足の猫を見た。


 ……何者か知らないけど、この猫は事情通のようだ……というか、元凶のような気もするが。この猫をここに捨てておくと真相解明から遠のくのは間違いない。


 そう判断したわたしは、がばりと猫を抱き抱えた。


『き、貴様! 偉大なる我をどうしようと!』


「変なことに巻き込んだんだから! 責任を取りなさい!」


 わたしは負けじと言い返すと、猫を抱えて脱兎の如く駆け出した。


「はあ、はあ、はあ、はあ!」


 ばたん!

 寮部屋のドアを閉じる。


 猫を抱きつつ荒い息を吐きながら、


 ギリギリだった。部屋に駆け込む頃にはずいぶんと外が騒がしくなっていた。

 まさか昨日の今日でこんなことが起こるとも思っていなかったので初動が遅れたのだろうか。おかげで、わたしは無事に逃げ帰れたけど。


 遠目に全力疾走する怪しい人物を見た人くらいはいるかもしれないけど――

 そこはラルフがローブを持っていってくれて助かった。


 あのローブは宮廷魔術師専用で所属によって色合いまで違う。つまり、ローブを着ていると、どこの誰かわかるのだ。この時間帯にサボっているのはわたしくらいだろうから。


 ――禁術とは、かつて魔王が作り出した禁断の魔術。使えば死罪、覚えるだけでも死罪だ。

 ぶるりと身体が震える。


『何をそんなに怯えておる?』


 そんなわたしの顔を、胸に抱いた猫がじっと見ている。


『世界を変えるほどの力を持つ――我が禁術を覚えた貴様が!?』


「あなたねえ……洗いざらい話してもらうからね!」


 わたしは最初の質問を続けた。


「あなたの正体はなんなの!?」


『ふん、偉大なる我の正体を教えてやろうではないか』


 猫はもったいぶった後、こういった。


『偉大なる我の名前は! 魔王アンゴルモアなり!』


 ある程度の覚悟はしていたが、それでもわたしの胸は、どきりと波打った。

 禁術をさも自分のように言っていたからね……。


 禁術を作り、操った唯一の存在――

 それが魔王。


 ハッタリだとは思えなかった。笑う気にもなれなかった。昨日から起こっている異常事態の数々は、それくらいのインパクトでないと説明がつかない。

 わたしは背筋に冷たいものを感じる。

 わたしは禁術を覚えて、わたしは両腕に魔王を抱いているらしい。


「魔王、アンゴルモア――」


 わたしがその名を繰り返したときだった。

 ぐー。

 という音がして、胸元の猫がぐったりとした。


『気を張って威厳を保っていたが、限界だ……腹が減って喉が渇いた。なんとかしてくれ……』


 おい、魔王……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 後のシュレディンガーとにゃんころちゃんかと思ったけど違いそう
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