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こんにちは、猫ちゃん

「……う〜ん……」


 ベッドの上で目を覚ましたわたしは、開口一番、こうつぶやいた。


「ここはどこ?」


 がばりと身を起こす。

 わたしは王城の敷地内にある女子寮で寝泊まりしているのだが、明らかにいつもの部屋と内装が違う。寝ているベッドの寝具も違う。

 着ていた青いローブは壁にかけられていて、代わりに白いガウンを羽織っていた。

 窓からは太陽の輝きがこぼれている。


「ええと――」


 記憶がはっきりしない。頭の芯にまだ疲れが残っている。

 昨日、何かいろいろあったのは確かなんだけど――

 なんて考え事をしていると。

 ドアが開き、黒髪の男性が入ってきた。わたしと同じデザインの緑色のローブを着ている。だけど、服よりも何もよりも、男性の顔にわたしは見覚えがあった。


「ラルフ!?」


「目が覚めたかい?」


 ラルフは柔和な笑みを浮かべると、ベッドの横にあるイスに腰掛けた。


「大丈夫?」


「……う〜ん……まだ本調子じゃないけど……。とりあえず、大丈夫かな?」


「それはよかった」


「……あの、ところで、ここは?」


「ここ? ああ、グライディーヌ隊の救護室だよ。昨日、ミリアは『特秘図書保管室』で倒れているのを発見されてね、こっちに搬送したんだよ」


「そうなんだ。ごめんなさい、迷惑をかけて」


「いや、別にそれは構わないんだけどさ。昨日のことを教えてくれないか?」


「昨日のこと……?」


 言いつつ、わたしは記憶をたどった。昨日のこと昨日のこと――うーむ……まるで霧の向こう側を見ているような気分だ。


「昨日、何かあったの?」


「特秘図書保管室で事件が起こってね。で、部屋に行ってみると、入り口の近くに君が倒れていた――」


 ラルフがわたしの顔をじっと見て続ける。


「君が何をしていたのか教えて欲しいんだ」


「わたしは――」


 記憶をたどる。


「昨日の夜、上司のダグラスさんに特秘図書保管室での作業をお願いされたの。それで鍵を渡されて、保管室に向かった。保管室に入って――」


「ちょっと待って。保管室に入って、内側から鍵をかけた?」


「……うーん、うん。かけた。奥で作業中に誰かが入ってくるとまずいから、それを避けるために」


「わかった。それで?」


「それで……さて、作業をするぞと気合を入れたところで――」


 わたしはしっかり思い出そうと目を閉じる。

 そこまでの記憶は確かにあった。わたしは確かに保管室に入った。

 だけど、そこからの記憶がおぼろげだ。

 頭がふらつく――そう思ったのが最後だった。その後、気づくとこのベッドで目が覚めた。


「……ダメだ。思い出せない」


「そうか」


 申し訳ない気持ちだ。

 何かあった気がするのだけど、思い出せない。まるで、確かに見ていた夢の記憶を目覚めとともに忘れてしまったかのように。

 なんだったんだろう。


「昨日、保管室で何があったの?」


「保管室の外壁が内側から破壊されたんだ。何か閃光のようなものが飛び出した、と報告されている」


「ううん……」


 思い出す。思い出す。思い出す――ダメだ、頭の中のもやは晴れない。


「ごめん!」


「なら、仕方がないね」


「……壁を壊したって、どんな感じで?」


「ええと、人が通れるくらいだから、直径2メートルくらいの大穴がぽっかりと」


 少しひびが入った、とかそういうレベルではないようだ。王城の壁が特殊な材質だという話はわたしも知っている。それをそんな感じに破壊できる?


 ――人間のなせる技とは思えない。


 誰が、そんなことを、したのだろうか?

 わたしは背筋に冷たいものを覚えた。


「……そんなことできるものなの?」


「そう、そこなんだよね。それは隊でも謎に思われていて。さっき会議に出てみたけど、みんな不思議に思っていることなんだ」


 ラルフは両腕を組んで、首を傾げた。


「ミドルトン隊長は冗談まじりに――禁術なんて言っているけどね」


「禁術」


 その言葉が――わたしの意識に浸透する。

 じわじわじわじわ。

 それはわたしの、もやがかかったような――混濁した――記憶を揺り動かし、そこにあった光景を――


 思い出さなかった!


「禁術なんて、使えるわけないでしょ?」


 わたしは、あははは、と笑う。

 それは伝説の領域にある話だ。遠い遠いおとぎ話。非現実の最たるもの。


「俺もないと思っているよ」


 ラルフが柔らかく応じる。


「王国は禁術を使ったら、死罪だとか言っているけどさ、そもそも使えるはずがない。存在さえ疑わしい」


「だよね!」


「だいたい、死罪だって言われているのに、使うやつもいないだろ?」


「だよね!」


「それをお前、王城の、権威の象徴でぶっ放すとか正気の沙汰じゃないよ」


「だよね!」


 わたしはうんうんとうなずいた。

 ラルフの言うことは正しい。知ってたとしても、ビビりのわたしは絶対に禁術なんて使わないだろう。

 ラルフが口を開く。


「……まあ、そんなわけで、今のところ絶賛迷宮入りなわけだ」


 ラルフはイスから立ち上がった。


「上には聞いた通りに報告しておく。ミリアの所属隊にも事情を話して今日は休ませるよう伝えておこう。落ち着いたら部屋に戻ってくれていい」


「ありがとう」


「どういたしまして。何か思い出したら、教えてくれ」


 そう言って、ラルフは部屋から出ようとする。

 そのとき、壁にかかっているわたしのローブに目を向けた。


「昨日のドタバタで汚れちゃったね。俺の方でクリーニングに出しておくよ」


 ラルフはわたしのローブを持って出ていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 昼前に上司のダグラスが部屋にやってきて、昨日のことを謝罪された。


「すまない! 私が仕事を頼んだばかりに!」


「いや、まー、わざとじゃないので、はい。大丈夫ですよ」


 その後、救護室で出された昼食を食べてから、わたしは自室に戻ることにした。

 ラルフがローブを持っていったので、白いブラウスとスカートという服装だ。あまり、この格好で王城を歩かないのでそわそわしてしまう。

 窓際に面した城内の廊下を歩いているときだった。


『……う、うう……く、苦しい……』


 不意にそんな声が、聞こえた気がした。

 思わずびくりと身体を震わせて周りを見る。

 ……だけど、そんな感じの『苦しそうな人』はどこにも見当たらなかった。むしろ、急な動きを見せたわたしを、廊下を行き交う人たちが怪訝な目で見つめている。


『……あ、ああ……』


 まただ。また妙な声が聞こえる。


「あ、あの……何か聞こえましたよね?」


 すぐそばを通りかかったメイドの人に声を掛ける。メイドは首をひねった後、こう言った。


「いえ、別に何も聞こえませんでしたけど?」


「そうですか――」


 そう応じた瞬間。


『うう、うう……』


 また声が聞こえた。小さいうめき声なのだけど、確かに。

 目の前にいるメイドの表情は変わらない。聞こえていないようだ。


「すみません、勘違いだったみたいです」


 わたしは曖昧な笑顔を残して、スタスタとその場を去った。

 どうやら、わたしにしか聞こえない声のようだ。確かに普通の音とは違って、なんだろう、わたしの心にだけ響いている感じがする。


 うめき声は断続的に聞こえてくる。

 そして、どうやら場所によって声の大きさが変わるようだ。


 ……なるほど、近づくと声が大きくなるのか。


 わたしはその仮説に従い、うめき声に近づいていった。

 わたしは王城敷地内の庭園に出る。


『……うう……』


 声はとてもクリアに聞こえた。まるで耳元でささやかれたかのように。

 もう少しだ。

 そこは城壁にほど近い、日陰にある茂みだった。綺麗好きでまめな王宮付きの庭師ですらも、毎日は剪定にはこなさそうな片隅。

 わたしは声に導かれるままに、そこに近づいた。


 そこに、猫がいた。

 妙に足が短い猫――マンチカンだ。毛並みはブルーグレー。


 猫は身体を丸めて、苦しそうに、はあ、はあ、と舌を出して荒く息を吐いていた。


『……や、やつめ……! 許さん! あと、一歩! 一歩だったのに! この偉大なる我をよくも!』


 何やら怒りと恨みを吐き出し始めた。

 ひどいめにあったんだろうか。


 ……誰だろう、こんなかわいい猫をイジメた人は。


 なんでこの子の声がわたしにだけ聞こえるのかはわからないけど、よし、これも何かの縁だ。わたしが慰めてあげようじゃないか。

 わたしは猫の近くにしゃがみ込んだ。


 なるべく明るい声で話しかける。


「猫ちゃーん。大丈夫? どうかしたの?」


『……う、だ、誰、だ……』


 猫が苦しそうな様子で目をわたしに向ける。

 わたしを、見た。

 その瞬間、猫の目が見開き、大きな口を開けて絶叫する。


「ギイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 ……え、どうしたの?


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