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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「お盆は水辺へ行くな」ってばあちゃんが言ってたっけ。

作者: 焔月



ばあちゃんの忠告を思い出すのは、いつだって後悔の最中だった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



「おい、ススムー! 早く行こーぜ!」

「すぐ行くよ!」


自転車(チャリ)に乗って急かすユースケの声に大声で返事をする。夏休みの宿題をやってから来るって言ってたのに、ユースケの奴、早く来すぎだろ!


「母さん、遊びに行ってくる!」


母さんが用意してくれた水筒と帽子をひっつかんで、バタバタと外に出る。バッと扉を開けた途端、ぶわっと感じる湿気と暑い日差しに汗が噴き出てくる。暑い。さっさと帽子を被って、オレも自転車に跨る。


「ススム、おせーよ。オレ溶けちまうよー。」

「うっせーよ。ユースケが早く来すぎただけだろ。さっさと行こーぜ。」

「うぇーい」


二人で自転車を走らせて、家からちょっと離れた位置にある川辺へ向かう。最近は川で遊ぶのがオレ達のブームなのだ。


「ユースケ! ススム! お前らおせーぞ!」

「わりぃショータ! ススムの奴が遅くってさぁー。」

「ちげーよ! 宿題をやってからだって言ってたのに、早く来すぎなんだよお前ら!」


川辺でボーっと座っていたショータがオレ達に気付き、声を上げる。どれだけ前から座っていたのか、ショータは既に汗だくになっていた。


「リョーマは?」

「宿題やってんじゃね? あいつの家、そーいうの厳しいらしいし。」

「つーか、ショータのほうが家近いじゃん。聞いてねーの?」

「だってオレ、1時間前からここに居るし。」

「お前、宿題やってねーじゃん!」


ショータの問いかけに、ユースケとオレが答える。ショータはどうやら、プール授業の後すぐに川辺に来ていたようだ。いや、宿題やれよ。まだまだ終わってねーって言ってたじゃん!


オレ達がそうやってわちゃわちゃと言い合って水を掛け合って騒いでるうちに、リョーマがやってきた。


「あれ? みんな早いね。」

「おせーぞリョーマ! オレ待ちくたびれたぞ!」

「ショータは早く来すぎただけだろ!」


宿題もやらずに来て文句を言うショータには水をぶっかけておく。「うわ、やったな!?」と言うショータが「くらえ! スピントルネード!」とやり返してくる。おかげで頭までずぶ濡れだ。


「リョーマも早く下りて来いよ!」


ユースケが堤防の上にいるリョーマに声をかける。

変わりない日常の終わりが近付いていると、オレ達は知らないまま。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



「それじゃあ、最後まで潜ってた奴が優勝な!」

「いくぞー? よーい、スタート!」


ショータの声に合わせて息を吸い、川に潜る。水面はぬるい温度になっている川も、底のほうは冷たいままだ。だから、この遊びは毎回している。夏は暑いから。


目を瞑って暗くなった空間でふわふわと浮かぶ。

ひんやりとしているような、ぬるま湯に浸っているような、少しぬるりとした触感が肌を撫でる。

もう十分に時間が経ったような、まだ少ししか経過していないような、ぐるりと一回転したような、ただ浮かんでいるだけのような……。


そうして少し待つと、息が苦しくなってくる。

そろそろ上がるか、もう少し我慢するか。

考えが纏まる前に、肌を撫でる水が生温くなる。


――気持ち悪い。


咄嗟に水を蹴って水面に出る。そのとき、何か冷たいものを蹴った気がした。

水面に出た途端、水の生温さも、気持ち悪さもなくなった。


「お、次に上がってきたのはススムか! じゃあ、優勝はユースケだな!」


ショータの明るい声が聞こえる。顔を拭って目を開くと、少し離れたところにショータとリョーマが浮かんでいるのが見えた。


「そろそろユースケも上がってくるかな?」


リョーマの声に辺りを見渡すも、ユースケは上がってこない。


「今日は長いなー、ユースケ。いつもだったら、そろそろ上がってくる頃だろ?」


ショータがそう訝しげに言う。

いつまで経っても上がってこないユースケに、オレ達は血の気が引いてくるのを感じた。


「ユースケ? おい、ユースケ!」

「お、オレ、父さん呼んでくる! 近くに居るはずだから!」


ショータがユースケの名前を叫んで川の中を探している。

リョーマは川から上がって、堤防を駆けて行った。

オレは、さっき蹴った冷たいものがユースケだったのではないかと、ただただ青ざめて、川を見つめるばかりだった。



――それから少しして、リョーマが大人たちを連れて戻ってきた。オレとショータは抱えられるようにして川から連れ出され、後は大人たちが川に潜ってユースケを探すのを、ただただ、呆然と見つめることしかできなかった。


たくさんの大人が、川に潜っては、何も持たずに上がってくる。

何度も、何度も、何度も、何度も……


ユースケのお父さんが、鬼のような形相で、顔を手で拭うこともせず潜り続ける。いつの間にか来ていたユースケのお母さんは、川に飛び込もうとして3、4人の大人に羽交い締めにされていた。……ユースケが、新しく妹か弟ができるんだって言ってたっけ。


どこか現実味のないフワフワとした感覚の中、「見つけたぞ!」と誰かの声が聞こえた。いつの間にか抱きしめてくれていた母さんが、オレがそちらを見ないように目を手で覆ってくれた。


――でも、それよりも先に見てしまったんだ。



いやに真っ白に染まった、ユースケの腕を。





 ◇ ◇ ◇ ◇ 



「あっちぃなぁ……」


クーラーの効いた車内から出ると、むわりとした空気と夏の日差しによって汗が一気に吹き出すのを感じた。それでも、都会に比べるとまだまだ涼しいようで、都会では全く見かけないミンミンゼミがあちこちで鳴いていた。


「あ゛ー……」


いつもは年末年始にしか帰省しないのだが、昨年の秋にばあちゃんが亡くなったので、初盆に参加するべくお盆に帰省することとなったのだ。

ばあちゃんは末孫の俺のことをとても大事にしてくれていて、俺もすっかり懐いていた。機会があれば、ばあちゃんのいる老人ホームを訪ねてはその日にあったことを報告したものだった。そのうち認知症の症状が進んで、俺と父さんを混同するようになってしまってからはあまり会わなくなり……そのまま亡くなった。最後に顔を見たのは、4年も前のことだった。


「ススム君、何してるのー? そろそろ、お坊さんも到着するってお義母さんが言ってたよ。」

「とーしゃん、だっこ〜」


駐車場でボーッとしていた俺に、妻と娘が声をかけてくる。


「あぁ、悪い、ユーコ。ちょっと、ばあちゃんのことを思い出してた。……はいはい、アヤちゃんどうしたのかな〜? 疲れちゃった?」


トテトテと歩いてきた娘を抱き上げつつ、妻に返事をする。腕の中にいる娘が「やっぱりおりる〜」と手足をジタバタとさせてもがくので、逆に高い高いをしてご機嫌をとっておいた。


キャイキャイとはしゃぐ娘の声を聞きながら、俺達は初盆の会場へと歩いていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ 



「どうしてこうなったんだか……」


河原でワイワイキャーキャーと水を掛け合う従兄弟の子ども(ガキども)を眺めつつ、溜息を吐く。

暑いから川で遊びたいと、はしゃぐ従兄弟と従兄弟の子ども達によって親戚一同が川遊びをする空気になってしまい、そのまま押し切られて今に至る。


「もう二度と、来るつもりは無かったんだがなぁ……」


ここは、ユースケが死んでしまった場所とは違い、砂浜もあって浅瀬で遊びやすく、従兄弟が大丈夫だと言いきるのもわかる。ただ、それでも……もやもやとした感情がとぐろを巻いて腹の中に居座っているような(わだかま)りが、胸を圧迫するのだ。


「――タッチ! 次はカイトが鬼だ〜!」

「あ、クソ! イツキ、盾にしやがったな! ぜってー捕まえてやる!」

「ちょ、まっ、ワザとじゃなんだって〜!」


ギャーギャー騒ぐガキどもを微笑ましそうに横目で見つつ雑談をする母親達と、ガキどもそっちのけでサワガニを捕まえようと躍起になっている父親達、砂浜で山を作っている娘のアヤをボーッと眺める。キラキラと水に光が反射する様を、どこか現実味のない感覚のままに眺め続けた。



――あぁ。……もう、後悔し続けなくても、良いのか。


ふと、そう思った。

特に理由も無く、ただ、ストンと憑き物が落ちたように感じた。


ユースケのことは忘れない。でも、これからの人生は家族のために――


「おっちゃん!!! アヤちゃんが流されてる!!!」


カイトの言葉で、思考の渦から急激に引き戻される。

バッとアヤの居た砂浜を見るも、そこにアヤの姿はなく――あったのは少し離れた場所で、川に、飲み込まれる姿だった。


全身の血の気が一気に引くのを感じた。

咄嗟に走り出して川へと飛び込んだ。

――かなり深い。


気が付かなかったが、砂浜のすぐ横は急激に川が深くなっていた。アヤはそこへ近付いてしまい、川に流されたのだ。


乱れた水流が、アヤを川底に運んでいく。飛び込んだときに感じた生温い水温も、底へ潜るにつれて急激に冷たくなっていく。


(――アヤ!!!)


伸ばした左手が、アヤの腕を掴んだ……!



「ねぇ、一緒にいようよ。」



若い女性の声が、耳元で、した。

こんな冷たい水の中で、生温かい吐息も感じた。


右足首が冷たいナニカに掴まれ、川底にグッと引き摺り込まれる。


咄嗟にアヤを水面へ投げ飛ばし、アヤが水面へ浮かんでいくのを見つめる。


右足首を掴んでいたナニカは、ゾッとするほど冷たく、真っ白な子どもだった。


「ここは寒いよ」

「真っ暗だよ」

「寂しいよ」

「置いて行かないで」

「一緒にいこうよ」


暗闇から溶け出すように現れた老若男女さまざまなソレは、口々に寂しさを訴えては、左足や腕、肩や腰といった全身に掴みかかってくる。必死にもがいてももがいても抜け出せず、冷たい手によって体力が奪われていく。息もできない。苦しい。


意識が朦朧とする中、正面に新しく現れたソレは――



「どこ行ってたんだよ、ススム。オレはずっとここに居たのに……」



――真っ白に染まった、ユースケだった。

ユースケは、俺の両肩を掴んで――



「――これからは、一緒にいよーな。」



その言葉を最期に、俺は、川底へ沈んでいった――




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は、お盆の期間中に水辺で遊んで事故に遭う方が多いので、その注意喚起ができればという思いで書きました。

(いえ、本当は「何かを書こう!」と思った時にお盆が近かったからお盆をテーマにしただけなんですw)


夏といえばホラーだよねー ということでホラーを書くことにした結果、ホラーということで安直に主人公が死ぬお話にしようと思い、最後に主人公が死ぬのを目標に(?)書きました。

「起」「承」までは書くことも多く何とかなりましたが、「転」と「結」はあまり書かないので、無事に主人公が死んでくれて(?)良かったです。(笑)


後書きまでお読みいただき、ありがとうございます。

また、どこかの作品でお会いできればと思います。


焔月

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