8.勇者と山田
レオナルド視点です。
※初めに、全国の山田さんに心より謝罪申し上げます。レオナルドをからかって魔王を貶める意図はありますが山田さんに対しては何もありません。
「ぴぴ?」
「うん。そう」
どうしよう。分からない。
言葉は通じているのに何を言っているのかまるで分からない。そうだと肯定されているのに何を言っているのか欠片も伝わってこない。
由々しき事態だ。
世界が魔物に蹂躙され人類滅亡の危機に瀕した時代、つまり今現代の事である。
数年前まではかつてないほど平和な時が流れていたが、突如として魔物の動きが活発化した。そんなこの時代の唯一と言っても過言では無い、魔物を完全に滅せる存在――勇者。
その勇者を召喚したら、まさかの王太子殿下の婚約者であらせられるミネア様の(前世の)妹だった。
どんな勇者が現れるのか、我らの事情を汲んで頂けるか。
多くの期待と不安の果てに現れたのは幼い少女であった。
そして召喚早々、勇者召喚の責任者である王太子殿下も、召喚を担った魔道士である私――レオナルドも半泣きにされた。控え目に言って勇者の口撃は魔物よりしんどい。精神的にしんどい。
どうなる事かと思ったが、まさかの姉妹感動の再会に少し涙ぐんでいる間に、勇者は魔物退治に対して凄まじくやる気になっていた。
今度こそ姉の幸せを見たい。そう言って。
感動した。本当にとても感動した。
王太子殿下とご令嬢の前世を思うと胸が張り裂けそうだし、お二人が悲惨な最後を迎えた過去は変えられない。
けれど、今は生きている。今を生きている。
お二人の幸福を諦めないと仰る勇者様はとても頼もしかった。同感だと心の中で深く頷いた。
「全魔物を支配している魔物の王とも呼べる存在がいるのだがな」
「おけまる。それを倒せば他の雑魚はどうにかなるのね」
「お、おけま……? まあいい。そうだ。話が早くて助かる。そいつが魔物を生み出し続けているのは分かっているのだが、如何せん近付く事すら出来ないんだ。物騒ですまないが、勇者である君には魔物の王の殲滅を願う。あ、勿論一人でやれとは言わない。レオ」
「はい。私がお供させて頂きます、勇者殿」
「おっけー、おっけー。宜しく山田」
「ヤマダ……」
「山田」
「どうぞ妹を宜しくお願いしますね。山田くん」
「……誰ですか、ヤマダ」
「ぴぴ」
こうして冒頭に戻るのだが、何度聞いても本当に分からない。
「ヤマダは鳥ですか?」
「いいえ、ヤマダは人間です」
子供向けの外国語の教科書か。
「ヤマダ・ピピ殿?」
「いや、名前じゃない。ヤバいまじウケる。山田ピピとか新し過ぎじゃね? 斬新の極み」
「……斬新を極めてしまったようです」
「何が何だか」
あまりにも訳が分からな過ぎて、ロベルト殿下に意味があるとは到底思えない報告をすれば、私の心の内そのままの言葉を返された。同意しか出来ない。
やる気になって下さって、こうして話も聞いて頂けて、更にはにこやかに笑ってくれているのは有難いが如何せん何を言っているのか分からない。
言葉は通じているのに何を言っているのか分からない。どうしよう。
「ルナ。皆さんピピでは分からないわよ」
「そうなの? えとねー、私との関係の呼び名的な。彼氏の一歩手前みたいな感じかな。ちょい古いけど響き気に入ってるから使ってんの」
「カレシ……?」
「あ、さっきも聞いたな。……なんだったかな」
「そー。告られたのは小五の時なんだけど、お父さんが絶対にダメだこれだから今時の子はマセやがってちくしょうって大泣きしながら激怒するもんだから。とりま高校入るまでは両想いだけどぴぴ」
「トリマー?」
「とりあえず、まあ。という意味ですわ」
勇者殿の世界の言葉は難解が過ぎる。
「両想い? ああ、つまり恋人ですか。年齢が理由でお父君が反対なさっているからまだ婚約まではいっていない、と」
「いや、恋人の手前。以上未満」
「んん?」
「友達以上恋人未満の事ですわ」
「なるほど。注釈ありがとうございます」
「いいえ。こちらとは言葉が通じても伝わらない単語が多い世界ですから、お任せ下さい」
「流石はミネア。本当に頼りになるな」
「お! リヒトくんがお姉ちゃんを褒めてる。いいぞいいぞーもっと褒めろー」
「君は昔から本当に素晴らしい。いつも感謝している。早く結婚しよう」
「ひゅーひゅー」
「黙らっしゃい」
「あい」
「はい」
ミネア様が凄く頼もしい。助かる。本当に有難い。
どうやら勇者殿の世界ではこちらとは異なる単語が多く存在するらしい。基本的な言葉は通じるが始終このような状態で会話が進まないから、ミネア様の説明は本当に助かる。
勇者殿は言葉遣いを変えるつもりは更々無いらしい。姉であるミネア様に対しては可愛らしくなるのだが、如何せんそれ以外に対しては何の気遣いもない。
姉に気遣いの全てを向け過ぎていて他がおざなりだ。
「ええと、それで……それで…………何でしたっけ?」
「すまない。私もどこまで話したか分からなくなった」
「山田くんがルナに同行して下さる所までです」
「ああ、そうだ。ありがとうミネア。勇者殿」
「ルナだけど」
「え?」
「リヒトくん、私のことは妹だからルナって呼んでた。それか妹って。こっちの世界では私の名前に馴染みが無いなら、せめて妹って呼んで。勇者って呼ばないで」
「……勇者と呼ばれるのはお嫌か? 勇者はやはり重荷だろうか?」
「いや、それは全然」
「ぜ、ぜんぜん……?」
「全く」
「まったく……?」
勇者殿の心情が気になったのだが、本当に自分が勇者としての責務を背負う事に何の気負いも無いようだ。
あっけらかんとしている。
「リヒトくんさ、昔からお姉ちゃんが好きで、私の面倒見るフリしてお姉ちゃんと仲良くしてたの。私が四歳の頃からだよ? リヒトくんから妹扱いされないのはお姉ちゃんから妹扱いされてないのと同じ感じ。すーげぇ嫌」
「なるほど。それは失礼した。では、妹よ」
「おう、兄者!」
「魔王討伐にはレオナルドが付いて行く。他にも幾人か供は付けるが、レオナルドは遙か昔は魔王と呼ばれていた程の魔法に長けた一族の家系だ。彼一人でかなり役に立てるだろう」
「山田お前、魔王だったのか!? 討伐とうばーつ!」
「止めて下さい違います先祖が勘違いされていましたが当時の勇者様に誤解を解いて頂いてから魔法に長けているだけの一族だと受け入れて頂いています! 人間です!!」
「ガチ泣きじゃん。ウケる。冗談冗談、大丈夫大丈夫」
いや、もう、本当に、この勇者殿は邪悪過ぎやしないか。
「魔王の情報ってないの? どこに居るかとか、どんな姿かとか」
「移動を繰り返しているので追い掛ける形となりますが、申し訳ないことに今は見失っている時代です。まずは探す所から始めなければならないかと……。姿は把握しております」
「妹よ、これだ。この鏡に間もなく魔王の姿が映る。少し待ってくれ」
「なんこれ? タブみたいな?」
「タブ?」
「タブレット」
「タブレット?」
「説明めんどくせ」
舌打ちされた。
ちっと勇者殿に舌打ちされた。
「ルナ、これは原初の鏡。確かにタブレットみたいな役割をしているわ。……ロベルト様、山田くん。私達の世界では数多の情報を映し出せる原初の鏡のような物がありました。その名称がタブレット、略してタブです」
「はー、なるほろ。原初の鏡……、山田が好きそうなネーミングやんな」
「タブレット……タブ、タブ。ふむ。なるほど」
「流石ミネア。君は本当になんて聡明なんだ」
「いいぞいいぞー! もっとお姉ちゃん褒めてー褒ーめて褒ーめてもっと褒めて〜〜」
「ミネア可愛い。ミネア綺麗。ミネア最高。もうミネアの言動と存在と見目の全てが好き。ミネア結婚して」
「ひゅーひゅー」
「黙らっしゃい」
「あい」
「はい」
原初の鏡には魔道士が魔力を注ぐ事で、そのとき求めているものが映し出される。魔力が少ないと求めているものが映らないので、こうして私が必死に魔力を注いでいるのだが、他の人達は実に楽しそうだ。
もう少し私を労って欲しい。
「あ、映りましたよ! 勇者殿、これが魔王です」
「んあ? ……ヤマダノオンチ!」
「は!? 私は音痴ではありません」
思わず自分がヤマダだと認めている前提で否定をしてしまった。
いつの間にやら、当たり前のようにミネア様まで私をヤマダと呼ぶものだから、もうヤマダ=自分になってしまっている。中々解せぬ。
「いや、これこれ! ヤマダノオンチじゃん!!」
「は!?」
「ルナ。ヤマタノオロチよ」
「それだ」
「我々はヒュドラと呼んでいる」
「ヒュドラ……、やっぱヤマタノオロチだ」
「そちらの世界にも魔物がいるのか……」
「いや。いねぇよ」
「え、あ、そ、そうなのか……? あれ?」
「急にディスってごめんな、山田」
「でぃ、でぃす?」
「でもさー、私これ嫌いなんだよ。腹立つじゃん? なんで八つ裂きにする前に最初っから八つに裂かれてんの? ズルくない? こっちの選択肢がいっこ減るじゃん。何様だよ空気読めよ。それとも、それぞれ更に八つ裂くの? はっぱ六十四で最早お前はしめじか。あー、もう既に腹立つわ〜〜」
「いや、何もそんなに八つ裂きに拘らなくても……」
「もう全然話が進まない……」
こんなことで魔王を倒せるのだろうか。