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5.あと山田。①

悪役令嬢の転生後、残された人達のお話が入ります。人が死ぬ話が出て来ますのでご注意下さい。

今回が最も暗いお話です。次から少しずつ明るくなります。

鬱い話で本当に申し訳ない。





 突然の誘拐に腹が立って、相手の腰が低いから調子にのった。ネチネチネチネチと小言を並べて王太子と大魔道士を虐める。

 気分はさながら小姑だ。


 ……あーあ、小姑になりたかったな。本物の小姑になりたかった。なんで私こんなとこにいるんだろ。なんで私まだ生きてるんだろ。

 突然の誘拐にビックリしてどこかへ行っていたやさぐれた気分がまた戻って来た。やってらんねーわ。


 そんな事をしていたら、大きな観音開きの扉が開いた。窓すら無いこの部屋では、唯一の外との接点。あそこから逃げれば良いのかな。


 なんて悪巧みをしていたら、その扉から息を飲むほど綺麗なおねえさんが現れたものだから、私は感動した。なんだ女の人も居るんじゃん。

 男ばっかでむさ苦しくしやがって。

 最初からこの人もここに居たら話も聞いたしロリコン疑惑なんてかけなかったのに。


「ミネア……」


 私に散々イジられて半泣きになっている王太子さんが振り返って、綺麗なおねえさんを目にした途端ぱっと立ち上がった。情けない声を出している。

 そうか、この綺麗なお姉さんはミネアさんって言うのか。王太子の婚約者だっけ。

 中々やるじゃん、このロリコン。

 少しびっくりしてたらおねえさんの方も私を見て呆然としている。


「――殿下」

「ミネア? どうした?」

「こちらが……勇者様?」


 本当にびっくりだ。美人さんは声まで綺麗なんだな。凄い。

 ちょっとお姉ちゃんに似てる。

 いかん、泣けてきた。


「ああ、そうだよ。随分とお若い……、幼いから驚いたかも知れないけれど」

「ねえ貴女」


 王太子を一瞥もしないで綺麗なおねえさんはこっちへ向かって来る。美人だ。歩き方も美人だ。


「わ、私……ですか?」

「ええ、そう。貴女。その制服、東中のよね?」

「えっ!? え……あ、はい。そうです」


 思わず頷いたけど、こんな欧米っぽい顔立ちの人から自分の学校名が出てくると、なんか違和感がすごい。

 あとなんでこの美人さん、私の着てる制服で私の通ってる学校が分かるんだろう。

 

「何年生?」

「二年生です」

「そう。もう中学二年生なの」


 なんでこんなに懐かしい人を見る目を向けてくるんだろう。


「ねえ、信じられないかも知れないけれど聞いて。私ね、マナの頃の記憶があるのよ」


 一瞬何を言っているのか分からなかった。

 でも、その名前は大切な名前だ。私にとってとてもとても大切で、失ってしまった人の名前。


「……大きくなったわね、ルナ」


 瞬間、涙腺なんて秒で消失した。


「あ、あ、あああ……お、おねっ、おね、お姉ちゃあああああんっ!? お、お姉ちゃんだよねえええ!?」

「そうだよ」

「うわあああああああああああああ!!」

「相変わらず凄い泣き方。怪獣みたい」

「えっ? えっ!?」

「え、ミネア様がお姉ちゃん? 勇者様の姉? えっ」


 周囲の困惑なんて知るもんか。

 お姉ちゃんに会えたんだ、他の奴らなんて知ったこっちゃない。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!!」

「なあに?」

「なんっ、なんで、ここに、ここ……お姉ちゃんんんんんぶわあああマナちゃあああああん!!」

「よしよし、落ち着いてから話そうね」


 抱き締めてくれる温かい手も柔らかい声も全部お姉ちゃんだ。間違いなくお姉ちゃんだ。

 私の大好きなお姉ちゃん、マナ。



 六つ年上のマナお姉ちゃんは私が小学六年生の時に死んだ。二年前の事だ。詳しい事は言わないけど、事故だった。

 突然だった。あまりにも突然だった。


 直後は涙も出なかった。そして何も考えられなかった。

 ご飯も食べる気にならないし学校なんて行ける筈も無いし、人間なんて辞めてるような状態。

 無理にご飯を食べさせようとしてくるお母さんを避けて、無駄に明るく振る舞おうとするお父さんを避けて、一人お姉ちゃんの部屋のドアの前で蹲る毎日。



「お姉ちゃん、お姉ちゃん……なんで死んじゃったの」

「……ごめんね。寂しかったね」


 私が泣いている間に、よー分からん何とか部屋から移動した方が良いってお姉ちゃんが王太子さんに言って、今は凄い豪華な部屋に移動している。

 ずびずび鼻水を啜りながら久しぶりにお姉ちゃんに手を引かれて、ふかふかの廊下を歩いて連れて来られた。

 戸惑いながら今のお姉ちゃんの婚約者さんも、大魔道士さんも、後なんかガシャガシャしてたりビロビロしてたりする人も何人か付いて来た。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「お姉ちゃん」

「なあに?」

「マナお姉ちゃん」

「どうしたの?」

「お姉ちゃん、あのね……お姉ちゃんって呼んでも返事が無い毎日だったよ。たくさんたくさん呼んだんだよ。ねえ、お姉ちゃん」

「うん」


 お姉ちゃんって呼んで返事があるのは久しぶりだった。嬉しい。何回も呼んじゃう。返事があるって嬉しい。

 夢かな。夢なのかな。でも、泣き過ぎて鼻が痛いし擦り過ぎて目も痛い。

 痛いなら現実だよね。


「マナちゃんは私より年上だから、私より先に生まれたから、お姉ちゃんが私の人生にいなかった事なんて無かったんだよ」

「そうね」

「でもお姉ちゃんが死んじゃって、そうじゃなくなってさ。分かんないんだよ。私、お姉ちゃんがいない世界での生き方なんて分かんない……」

「ごめんね。急にいなくなって……本当にごめんね」

「お父さんもお母さんもお姉ちゃんが大切で大好きなんだよ」

「そうね。親不孝しちゃったわね」


 だけど一番絶望したのはお姉ちゃんが一番大切にしてた人。


「リヒトくんも、お姉ちゃんがいないと生きられなかったよ」

「……どういうこと?」

「リヒトくんはね、お姉ちゃんの納骨の日に、お姉ちゃんがいない世界に耐えられなくて死んじゃったよ」


 お姉ちゃんが息を飲むのが分かった。ごめんね。きっとショックだよね。

 でも止まらない。お姉ちゃんだけがいないお姉ちゃんの部屋で、一人で蹲ってる時にずっと頭の中でお姉ちゃんに話し掛けていた言葉がどんどん出てくる。



 お姉ちゃんの納骨を終えたその日、お姉ちゃんの彼氏さんが後追いをした。『マナが居ない世界なんて耐えられない』と、それだけ書かれた手紙を遺して。

 その手紙を見て「ああ、お姉ちゃんは本当にもういないんだな」って初めて思い知らされて、お兄ちゃんって呼んでた人もいなくなって私は初めて泣いた。思い切り泣いた。


 お父さんもお母さんも、お兄ちゃんのご両親も皆泣いていた。

 それから小学校の卒業式すら出ずに泣き続けた。涙の止め方なんて分からない。勝手に出て来るんだから。


 お姉ちゃんの部屋はいじれなくてそのままで、とても触れないからいつも部屋に入ってすぐのドアの前で蹲ってた。

 少しでもお姉ちゃんの思い出に浸りたくていつもお姉ちゃんの部屋に居た。でも部屋の物に触ったらお姉ちゃんの思い出すら消えてしまいそうで怖くて、ただドアの前で座ってるだけ。


 中学生になっても学校には行ったり行けなかったり。周りは何も言わなかった。言える訳がない。今にも消えそうな子供に何か言えるほど能天気な人はいなかった。

 もしかしたらたまに何か言ってくる人がいたかも知れないけれど、聞こえていなかったし覚えてもいないから結局はいないのと変わらない。


 たまに口を開けば出てくるのは暴言ばかり。そうなると自分の声すら聞きたくなくて益々喋らなくなる。

 そうやって死んだように過ごしていた。

 腐ったように生きていた。



「リヒトくんとこのおじさんとおばさんも泣いてた。お父さんとお母さんと私と、五人でしばらくお話して、泣いて……。それから会ってない」

「……そう」

「お姉ちゃん、ここで何してるの? 帰って来ないの?」

「ルナ、お姉ちゃんはここで生きているの」

「こっちでも生きようよ」

「それは無理よ」

「なんで。なんで。やっと会えたのに」

「ここに生まれて、ここでまた生きているの」

「帰って来てよ……」

「また好きな人も出来たわ。やりたい事もある……。帰れないのよ」

「なんで?」

「私はこの世界の人間になったからよ」


 分かってた。分かってたよ。

 だってルナのお姉ちゃんだった頃とは違って、仕草とか言葉遣いとか色々と凄く丁寧で綺麗になってる。あの頃とは違う。

 ここでお姉ちゃんは新しい人生を生きている。

 マナお姉ちゃんは死んだ。

 生まれ変わったけどルナの世界にはもう戻って来れない。マナちゃんとして戻っては来れない。

 分かってる。でも、言わずにはいられないんだよ。


「お姉ちゃん、あの王太子さんって人が好きなの?」

「そうよ」


 視界の端でぴょいんと反応してにまにま嬉しそうにしてる王太子は、なんかちょっと憎めない人だ。

 そのにまにました笑い方がリヒトくんと同じだったから、なんか私も力が抜けてしまった。さっきは沢山いじってごめんだよ。


「そっか……。お姉ちゃんの事はミネアさんって呼ばないといけない?」

「いいえ。好きに呼んで良いのよ」

「本当? 良かった。ねえ、お姉ちゃん。ルナね、勇者なんだって。世界を救うのかな。救えるのかな。頑張ってみるね。……頑張ってみるからね、だからね――今度こそ長生きしてね、お姉ちゃん」


 頑張って笑ってみようとしたけど結局また泣けてきて失敗した。

 お姉ちゃんも釣られて泣き出した。

 泣いてるっていうより涙を流して綺麗に笑ってる。流石は王太子さんの婚約者やってるだけあるよね。泣き方まで綺麗なんだもん。

 ミネアさんでもマナちゃんでもどっちでも良いや。お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。ルナの大好きなお姉ちゃんだよ。


「その事でお話があるの。落ち着いたかしら?」

「ぶえ、だいじゃばない。ティッシュ欲しい」

「ちょっとここの世界にティッシュって無いのよね。ガーゼを沢山用意してもらったからこれで拭いて」

「あい」


 この世界にはティッシュが無いのか。めちゃめちゃ不便だな。私、鼻炎なんだけど。ティッシュ必須なんだけど。凄いどうしよう。

 ディッシュ無いとか詰んでる。

 世界は救うからティッシュ開発してくんないかな。なるはやで。




日付が変わったらすぐに次を投稿します。

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