2.悪役令嬢と①
悪役令嬢のお話です。3で終わる予定です。
ちょっと口が悪いです。
ミネアは侯爵令嬢にして王太子ロベルトの婚約者だ。
その立場が故に人前では常に完璧な淑女であろうと努力を欠かした事は無いし、周囲も彼女にそれを当たり前のように求めてくる。
だからどんなに急いでいても焦っていたとしてもそれを表には出せない。
それが例え「召喚に成功した勇者が王太子を幼女偏愛誘拐犯だと勘違いして困っている」との知らせを受けて現場に急行せねばならないとしても。
どうしよう。意味が分からない。
「申し訳ございません、コンスタンブール嬢」
「何故、勇者様はそのような誤解を? 一体何がありましたの?」
「それが……私共にも分からないのです。何故かそれ前提で話が進んでしまい、如何ともし難い状況でして」
「どういうこと? 勇者様の召喚には成功したのよね?」
「恐らく。随分とお若い方で皆驚きましたが、確かに凄まじい魔力を携えた方と見受けられました」
「ご挨拶は?」
「王太子殿下がきちんと視線を合わせてなさいました」
「いきなり世界を救え等とは言わなかったのね?」
「はい。事前にコンスタンブール嬢にご助言頂いた通りに……」
呼びに来た騎士に案内を頼みながら問うても明確な答えは返ってこなかった。何がどうしてそうなったのかミネアにはまるで分からない。
どうやったらそんな誤解が生まれるのか。一体、王太子達は何をやらかしたのだろうか。
頭が痛かった。
その召喚された勇者と同性だからって丸投げか。
いくら内密で進められている勇者召喚の儀式を知っている限られた者だからって、勇者のご機嫌取りの全てを突然に託されるとか本当に困る。
酷く困惑しながらもミネアはあくまでも優雅に、けれど最大限に急いで召喚の間へ向かっていた。
そして、婚約者である王太子にしか告げていないけれど、ミネアは前世の記憶を持つ転生者だ。
もっと言うと乙ゲーの世界に転生した元高校生、現悪役令嬢である。
テンプレです。
「初めましてコンスタンブール侯爵令嬢。ロベルト・アーヴィン・クレルです」
「初めまして、王太子殿下。ミネア・コンスタンブールにございます」
成長するにつれて少しずつ記憶を取り戻していたが、全ての記憶が戻ったのは王太子ロベルトとの初対面時。彼との婚約が決まり、初めて顔を合わせたこの時だった。
この辺もテンプレです。
ミネアの内だけで轟く雷鳴と押し寄せてくるゲーム情報。いや、正直ゲーム情報はとても少なかった。だってほぼチュートリアルしかやっていなかったのだから当然だ。
だから押し寄せて来た記憶の波だって小波程度だった。凄く貧相だった。何の苦もなく平静を装えた。悲しい。
そしてショックだった。ミネアはとてもショックだった。
つまんねーな、溺愛されなきゃ死ぬのかよ。けっ! とか言って途中でゲームを投げた前世の自分をフルボッコにしたかった。
その乙ゲーに生まれ変わっからおめーしっかりやり込んどけよ! と胸倉を掴んで揺さぶりたいがもう遅い。前世のミネアは死んでいる。死んでいるからここに今のミネアが居る。
本当にショックでしかない。
異世界に勇者として召喚された主人公と、彼女を支えるパーティーメンバーとの恋愛シュミレーションゲームだったのは覚えている。
オススメしてくれた友人は「聖女じゃなくて勇者ってとこが斬新!」とか「もーイケメン達から溺愛に次ぐ溺愛で堪んない!」とか何とか言っていた気がするけれど、魔王を倒すのが最終目的って言うからやってみたのにRPG要素はほぼ皆無。
なら普通に学園とかでやってりゃいいじゃん! と叫びたくなるほど乙ゲー要素しか無くて苛々した。
そして主人公である勇者のあっちへフラフラこっちへフラフラする、あの優柔不断っぷりも暖炉に油を流し込むように前世ミネアの怒りを誘った。
悪役令嬢だから当たり前のように最後は断罪される。テンプレです。
魔王討伐の旅に出ている勇者にどうやって意地悪すんだよってめちゃくちゃツッコんだし、何なら今でも納得していないけれど、それが悪役令嬢という役割。
チュートリアル後の旅立ち辺り、つまりは序盤も序盤で放り投げてしまったからどんな意地悪かも分からない。
でもミネアに一言だけ言わせてやって欲しい。
世界を救う旅に出るような勇者が、一介の貴族令嬢からの嫌がらせ如きでびくびくしてんじゃねーよ!
テンプレだろうが役割だろうがミネアは破滅の未来お断りだった。
「ミネア嬢は観劇は好きだろうか?」
「いいえ。まだ行った事がありませんの。好きかどうかも分からないのですが、もう少し大きくなって、どんな物語が好きなのか傾向が分かったら行ってみても良いかも知れませんね」
「そうか。多くの令嬢は恋愛劇を好むと聞く。巷でもそれが流行りらしいが興味はあるか?」
「ありませんね。王太子殿下はおありですの?」
「無いな」
「分かります」
「うん。ならば無理に行く必要もないな」
「そうですね」
「だが、たまには婚約者と出掛けろと母上が煩い」
「殿下は読書はお好きですか?」
「ああ。乗馬や剣術も好むが読書が一番好きだな。ただ、あまり本を読む時間が取れない」
「でしたら私も読書が好きですので、お出掛けではなくて読書をしましょう。場所はその時々で都合の良い所を、私をお呼び頂いてもこちらへいらして下さっても構いません」
「そうか、助かる。私の応接室に呼ぶ事が多くなると思う」
「畏まりました。その時は本を持参致します」
「うん。そうしてくれ」
「他に本日のご用件は?」
「無い。これで失礼する」
「お疲れ様でございました」
だから避けた。婚約者を徹底的に避けた。
婚約が決まってしまったのなら致し方無い。けれど、この世界に魔物が居るのも現実だし、勇者は必要。婚約がいずれ破棄されるにしても瑕疵は作りたくない。
「ミネア嬢は何か欲しい物はあるか?」
「特に何も」
「そうか」
「王太子殿下は何かおありですか?」
「……いや、特には」
「分かります」
「そうか。ならば無理に贈り物で悩む必要も無いな。だが、いい加減に何か贈れと父上が煩い」
「そうですか。でしたら、互いの色を贈り合っていれば大人達も安心してくれるでしょう。私へはリボンかお花、またはブローチかコサージュ辺りが無難かと」
「うん、分かった。こちらへはハンカチかタイ、タイピン、それからティペット辺りが一般的だろうか。バックルも数があっても困らない」
「そうですね。布製の物には刺繍をするように致します」
「手間をかける。……リボンの用途は? どのくらいの大きさが良いんだ?」
「一番数があっても困らないのが髪用ですね。ただ腰に巻いたり胸元に付けたりと幾らでも応用できますので、その時その時で最も都合の良い物で構いませんよ」
「なるほど。助かる」
「他に本日のご用件は?」
「無い。これで失礼する」
「お疲れ様でございました」
そもそも魔物怖い。本当に怖い。ガチで恐ろしい。
あんな魔物を滅してくれる勇者をいじめるとか悪役令嬢、お前は正気か? 絶対にいじめない。私は絶対にいじめない。
ミネアはそう心に誓った。
「春に行われる聖夜祭の夜会へ私も出席することになった。君はまだ社交界デビュー前だが、母上がどうしても一緒に来いと言うんだ。恐らく、隣国の王女が私の妃の座を狙っているからだと思う」
「カルーシの王女殿下でしょうか?」
「そうだ。もう随分と噂になっている通り、あちらの財政状況は最悪だ。加えて王女本人に気に入られているせいでしつこい。両親としても私個人としても、あれを側室にも妾にも……ましてや正妃になど迎えたくもない」
「かしこまりました。では、少し早いですが来月の王太子殿下の生誕祝賀会を私のデビューとしても宜しいでしょうか? そうしましたら春の聖夜祭の夜会へも参加可能となります」
「そのお願いの為に今日は来た。母上……王妃からも念入りに頭を下げて来いと言われている。ああ、国王からの承諾も得ている」
「王太子殿下が頭を下げられる必要はありません。こちらの両親へは私から話しておきます。今頃、国王陛下からもお話をされているでしょうけれど、念の為」
「助かる。私も時間を合わせて城内にある侯爵閣下の執務室へ挨拶に伺う予定だ」
「お手間お掛け致します」
「いや、こちらの都合だ」
「他に本日のご用件は?」
「無い。これで失礼する」
「お疲れ様でございました」
必要とあらば婚約者としての役割はこなすけれど、あちらも貼り付けた笑みを浮かべるだけで必要最低限しか接触してこないし、ムダに関わり合いになろうともしてこない。それならこちらからも行かない。
ゲームの通り人間不信になりつつある高位の人間の相手をミネアが面倒に思ったからだ。
互いに様子を見ながらじりじりと後退していくような関係だった。
こんな王太子で良ければ勇者様どうぞどうぞ。と、ミネアはいつも思っている。
せっかくの二度目の人生、とことん謳歌してやろうと憧れのお姫様生活を楽しんだり嘆いたりしつつ、ミネアはロベルトに関心を示す事無く過ごした。
三年くらいは。