『Ⅴ :開始の合図』
8月25日午後2時、ついにこの日が来てしまった。
僕たちは今、薄暗い隠し通路の中を歩いている。
通路は少し古いらしく、よく見ると所々石畳が欠けている箇所がある。
あまり使われていなかったからか隅や電球には埃も溜まっていた。消えかかっている電球のチカチカとした点滅とともに、この通路内に僕らの影を落としている。
昨日は緊張のあまり殆ど寝ることができなかったため、今日になって不幸が出ないか少し心配だったが不思議と目は冴えていた。
通路内に歩を進めるにつれて緊張が増していく。
「おい…理玖、大丈夫か?手と足が一緒に出てんぞ」
「あ、緊張してて…」
「緊張してもいい事ね〜ぞ」
「そうだね…。緊張しないように頑張るよ。ハッハッ……」
「でもまさか施設の中に都市の外に繋がる道があるとはなー」
「うん、全然知らなかったよ…16年も住んでたのにね」
男13人、女8人で構成された僕たちグループ10は、今試験会場である防壁外に向かっている途中である。
僕以外のメンバーも緊張しているらしく、空気が張り詰めていた。いつもはヘラヘラしている東君も今日は流石に緊張で少し表情が硬い気がする。
とはいえ、それもしょうがないことだろう。それだけこの入団試験は僕たち施設の人間にとってビッグイベントなのだ。
暫く歩いていると前方から複数人の足音が響いてきた。
視線を向けると、先程丁度試験を終えたのであろう一つ前のグループの人達が歩いてくる。
「試験が終わったらまたここを通って戻るのか…」
緊張で上手く働かない頭を解すように独り言を吐いた僕の事を聞き覚えのある声が呼んだ。
「お、クズ白君じゃーん」
「…あ、天羽くん。……試験お疲れ様」
歩いてきた集団の後方を歩いていた少年はそう言うと、僕の前で足を止めた。
「何してんのこんなとこで?試験を受ける時間があるんだったら、お前は今後の進路を考えた方がいいと思うよ」
普段に比べて少し乱れているくすんだ金髪をかきあげながら、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あ!いいこと教えてあげよっか?防壁外にはちょっと大きいだけの"ありんこ"の雑魚凶獣がいるけど殺されようにしなよ?まぁ、普通はそんなことありえないけどねぇ」
そう言い放つと彼はスタスタと通路を戻っていった。
「…理玖、あいつの事はあんまり気にすんなよ」
「ありがとう、でも慣れてるから……」
「本当に外にいるんだな、凶獣…」
そう少し弾んだ声で言った東君の方を振り向くと、嬉しさと不安とが入り混じったような、そんな複雑な表情をしていた。
緊張の面持ちで歩く僕たちの前方に出口が見えてきた。いざ外に踏み出すというところで僕は思わず躊躇してしまうが、思い切って外の世界に一歩、踏み出した。
そこには薄暗い森が広がっていた。木々が鬱々と茂っているものの、星明かりと木々からぶら下がっているランプに照らされているおかげで問題なく活動できそうである。
都市から一歩踏み出せば真っ暗な世界が広がっていると思っていた僕はその光景に内心安堵した。
僕らは辺りを物珍らしげに、そして説明を求めるようにキョロキョロと見回す。
外に出た僕たちを待っていたのは施設内では見覚えがない、髪がぼさぼさの白衣をきた男だった。
彼は僕たちの人数を確認すると満足そうに大きく頷き、手を大きく広げる。
「Ladies And Gentleman!!! ヴィクテマ入団試験へようこそ!今日は君たちSproutのExicitingな活躍を見れる事を今日は非常に楽しみにしているよ!」
勢いよくそして張りのある独特な口調でそう言い放った彼はそのぼさぼさの髪の毛を鬱陶しそうに払うとこう続ける。
「OK‼では早速試験内容を発表しよう…。君たちには範囲内に散りばめられたバッチを回収し、ここまで持ってきてもらいたい!バッチが配置された第一区域の範囲の地図は君たちのSmartphoneに今送信した」
『ピコンッ!』
ポケットの携帯が振動した。
「もちろんここにバッチを持って帰ってくるSpeedも重要だが、僕たちは君たちがそれを達成するProcess(過程)もカメラから見ているので思う存分、自分の実力を発揮してくれ」
そして白衣の男は僕達一人一人に視線を向けると、
「では……Let's Go!!!!!」
急な開始の合図と共に一斉に皆太陽光の燃料瓶を腰にセットし、植物軍器を展開する。
そして大半が覚悟を決めたような表情で一斉に走り出した。
それに慌て、僕も急いでなんの役にも立たないであろうヘニョヘニョな剣状の植物軍器を展開し、目的もなく走り出す。
すると後ろから、
「お!奇遇だな、俺もこっちなんだよ」
そう言いながらついてきた東君。
本当は僕が心配でついてきてるんだろう…
彼に対する申し訳無さと、少し嬉しい気持ちを抱きながらしばらく進むと、前方の草むらから音がした。
ガサガサ…
すると目の前に体長1mほどのアリのような凶獣が2匹現れる。
初めて本物の凶獣を目の当たりにした僕は思わず後ずさった。
「…理玖は下がってろ」
東君は左手に繋がる大きな斧の形をした植物軍器を構え、凶獣に向かって走り出す。
彼は大きく斧をふりかぶり、凶獣の頭部に突きつける。
パワーに優れた彼の植物軍器は凶獣の頭を両断し、周りに紫色の汁が飛び散った。
初戦の呆気ない終わりに唖然としていると、後ろからもう1匹の凶獣が東君に噛みつこうとしていることに気付く。
「危ない!!」
そう叫んだ僕の声に彼は落ち着いて反応すると、即座に斧を右手に握り直し、後ろの凶獣へ振り向きざまに叩きつける。
斧は襲いかかる凶獣の腹部に当たり、ガラスの割れた音のような鳴き声と共に吹っ飛ぶと、木々に当たり地面に崩れ落ちた。
「死んだか…?」
「…動かないってことは死んだんじゃないかな」
僕たちは初めて出会った本物の凶獣との戦闘の余韻に浸るように呆然とその場に立ち尽くす。
地面に転がっている凶獣の死体と辺りに散らばる紫の汁を見つめながら、これが本当に戦うと言う事なのだと僕は初めて理解するのだった。