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『Ⅲ :常況3』


施設と寮を繋ぐ全面ガラス張りの渡り廊下に足音が響く。


紅林くればやしさんとの食事を終えた僕は寮に向かっている途中だ。


彼女と食事を済ませた後、寮に一緒に帰らないかと勇気を出して誘って見たものの教官のところに行く予定があると断られてしまった。


僕はガラス越しにもキラキラと輝くその杏色の塔を眺め、感傷に浸る。


遠くに見えるマリサントラで一際大きく美しいタワー。マルサリータワーはこの都市のシンボルだ。


その大きさから都市内のどこからでも見えるものの、ここの渡り廊下から眺めるマルサリータワーは別格だと思う。


渡り廊下をしばらく歩くと真っ白の箱のような寮が見えてきた。


今日も一日頑張ったなぁ、等と思っていると突然寮の入口に入り浸っていた3人組が僕に向かって歩いてくる。


「よぉー、クズ白君?今日も随分とひどい有様だな、優しい俺が部屋までおんぶしてってあげまちょうかぁ?」


そう心底馬鹿にしたような表情で話しかけてきたくすんだ金髪にエメラルド色の瞳をした彼の名前は天羽あもう翠楽あきら


「そうそう、今日の昼飯の配達はどうしたんだよ、お腹が空いて死にそうだったんだけど?」


「…君が毎日勝手に鞄から僕のお昼を取ってるだけじゃないか」


「おい、そんな事言える立場じゃないだろ!」


天羽あもう君の右側に立っていた焦げ茶色の髪をした少年は僕の胸ぐらを掴んだ。


僕は視線を落とす。


「お前、さっさと出てけよ。この施設から…」


彼はそう言うと手を離した。


「クズが生意気なこと言ってんじゃねぇよ」


彼はギロリとその猫のような瞳を吊り上げ睨みつけると、


「チッ…もういいや、行こうぜ」


不機嫌そうに舌打ちし、きびすを返す。


「あぁ、そうだ。明日焼きそばパンな、絶対持ってこいよ」


彼はそう言い残すと、寮の中へと帰って行った。


「今日は殴られなかったな……」


これまで数えきれない程の子供がこの施設から消えているのに、こんな僕がまだ残っている事が彼らは気に食わないのだろう。


僕もこんな事は望んでいないのに……



その後、暫く経ってから先程昼食を食べたばかりだからか、あまり空いていないお腹に夜ご飯を収めた僕は部屋に戻る。


この時間、場所だけが誰にも邪魔されずありのままの僕で居られる至福の時間だ。


今日は色々あったせいでもう立つ気力が無い。


僕は一週間に一度打たなければならない注射を打ち、部屋の隅に置いてあるベッドに横たわる。


「……はぁぁ〜〜」


今まで張り詰めていた緊張が解けたのかドッと疲労が一気に体を襲う。視界に入る部屋の明かりがチカチカと眩しく僕は目を閉じた。


「…なんのために僕は生きているんだろう……」


不意にそんな疑問が頭を過っていく。


そしてふと昔のことを思い出す。


そう、たしかあれは7年前のことだったと思う…



+++++++




「人間は現在地球のこことここの部分に住んでおり……」


メガネをかけた白衣の男性が黒板に貼られた地図を指差しながら、小学生程の幼い子供達に歴史を教えている。


殆どの生徒たちが皆真剣に先生の説明に耳を傾けている中、教室の窓際の机に座っている黒髪の少年だけは違った。


彼は心底つまらなさそうに窓から見える代わり映えの無い景色を、その白銀の瞳に映していた。


「そしてこの都市の外には凶獣ランデルと言う恐ろしい獣が生息しており、とても危険ですが……」


決して広いとは言えない教室にただ先生の説明する声だけが響く。


「しかし、そんな私たちを守っているのがヴィクテマです!彼らはこの都市を外にいる凶獣ランデルから守るだけでなく、他の都市との行き来やこの地球の未知の場所に訪れるなど人間がこの生存競争を勝ち抜く為に重要なことを全て任されています」


「……!」


今までつまらなさそうにしていた少年はそう先生が告げたのを聞くと、今まで興味なさげに外へ投げられていた視線を教壇の方へ向けた。


その頬を紅潮させ、瞳をキラキラと輝やいている。


未だヴィクティマについて詳しく説明している先生は我が救世主と言わんばかりの表情を向ける彼にこう続けた。


「そんな我らの希望であるヴィクテマになる事ができる可能性を君たちは秘めているのです!」





++++++



確かあの日は結局眠りにつくことが出来なかったんだっけ。


そう、あれは自分がずっと探していた答えをやっと掴めたような気がした。


心に何時もかかっていた暗く重い霧が薄れて初めて自分の存在意義を、大切な物を見つけられたような、そんな感じだったと思う。


やっと人の役に立てる、この施設からそしてこの都市から出て外の世界に羽ばたける!


そう、当時は思っていたのだ。



…しかし、現実はそう甘くは無かった。


最初は特に問題なかったのだ。あの時はまだ夢を見ている余裕があった。


焦り始めたのは何時いつからだっただろうか?


確か周りの子供達は次々と優秀な植物軍器フランザを使いこなし始めた頃らへんからだろうか。


ず上手く発動できない自分に焦った、


どんどん差をつけていく友人達に焦った、


蹴落とされ施設から消えていく子供達に焦った、


……そして、薄れていく自分の存在意義に焦った。


まだ自分にもチャンスはある、大丈夫だ。と毎日呪う様に自分に言い聞かせ、訓練に励んだ。


しかし、気力が削れていくだけで何も変わらない。


強いて言うなら攻撃をいなして少しでも傷つかないようにすることが無駄に上手くなったくらいだった。


夢は諦めていなかった、…諦めたくなかった。


しかし自分がその夢を叶える事など、天地がひっくり返ろうと不可能であることを理解したのは何年前だっただろうか?


きっとこのまま僕はヴィクテマなどという大それた者にはなれ無いまま、外の世界を知らぬまま、この施設で一生を終えるのだろうと簡単に予想がつく。


…ああ。


「僕は一体何のために生きているんだろう…」




『人類を滅ぼすためだよ』


「っ誰…?!」


僕は慌てて辺りを見回す。


しかしその狭い部屋に誰かいるはずもなく、辺りはシーンと静まり返っている。


「気のせい?…疲れてるのかな…早く寝なきゃ」




僕は漠然と感じた不穏な気配を断ち切るように視界を閉ざした。



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