『Ⅱ :常況2』
ドンッ!
鈍い音と共に肩と背中の一部に電流を流したかのような衝撃が走った。
壁に打ち付けられた僕はあまりの衝撃と体力の消耗で立ちあがれない。
前方からまるで何匹もの動物の叫び声を重ねた醜い鳴き声が響いている。
その不協和音に弾かれたように僕は顔を上げた。
目の前には体長2.5mほどネズミが佇んでいる。
口に収まらないほど長く、鋭い牙を持つ目の前の凶獣。
それはまるで餌を見るかのような眼差しを僕に向ける。
仮想と分かってはいても目の前の怪物が放つオーラは思わず死を連想させた。
訓練開始から10分、体力は疾うに底を付いているにも関わらず、未だ目の前の化物には傷一つつけることが出来ていない。
僕の右腕には植物で形成された黒い剣が握られている。
これは凶獣に打ち勝つために僕たちに与えられた唯一の武器である植物軍器。
しかし、その剣から漏れる白い光は弱々しく、まるで枯れてしまっているかのようにしおれている。
これではこの凶獣を斬りさくこと等以ての外、少しでも衝撃を与えればむしろ此方が崩れてしまいそうですらある。
植物軍器の燃料となる太陽光のエネルギーが詰まった容器を僕は一瞥し、燃料が十分に残っていることを確認する。
「くそ…何でだ!」
こみ上げる怒りと困惑に思わず地面を殴った。
本来ならば植物軍器は燃料である太陽光が底を突かない限り凶獣の強靭な身体と張り合っても負けないほどの強度を保つ。
しかし、僕のそれは最初からみんなと違った。
燃料がどんなに残っていようと僕の剣は微弱な光しか放たず、弱く、そして脆い。
巨大なネズミの凶獣は弱った僕にとどめを刺さんと突進してくる。
ふと顔に影が落ちると、鋭い牙を見せながら大きな口を開き、今にも噛みつかんとしている凶獣が目の前に迫っていた。
「くそっ!」
せめてもの抵抗で剣を体の前に構える。
しかし抵抗も虚しく、剣は凶獣の牙とぶつかった瞬間、崩れた。
「んっ!」
目の前に凶獣の牙が迫る。
『ブーーーーーー』
その瞬間、大きなブザーが鳴り響き、目の前にいたネズミは消失する。
『清白理玖、訓練終了』
「はぁ…今日もダメだった…」
床に倒れていた僕は腰を上げる。
「…ッ!…イテテテ…!」
今回の訓練も全身打撲して終わりかぁ…。
+++++++
怪我の処置が終わると保健室から出て時計を確認する。
「げっ、もうこんな時間…」
時計の短針はもうすぐ3を指そうとしていた。
「あー。お昼ご飯食べ損ねたなぁ」
太陽の昇り降りが無い此処では時間に気を配っていなければ気付けばお昼を食べ損ねていた、ということは珍しくない。
グ〜〜。
「うーん。流石にお腹減った…」
空腹に耐えきれなかった僕は学校の食堂へと足を進めた。
正午ならば人で溢れかえっている食堂も人気は殆ど無く、ガラリとしていた。
食堂の購買でメロンパンを購入すると座るのに良さそうな所を探す。
すると、
「…あれ?清白君?」
澄んだ泉のような声で不意に呼ばれた自分の名前に心臓が飛び跳ねる。
「っ!!」
鼓動が早くなるのを必死に押さえ何事もなかったかのように振り向いた。
熟れたラズベリーのような鮮やかな紅の髪。
そしてそこから覗いている輝く黄金の瞳には強い意思が秘められている。
人形のように整っていて、それでいて生き生きとした美貌を持つ少女が食堂の椅子に座っていた。
「紅林さん、、こんにちは」
「貴方もお昼ご飯食べそこねちゃったの?」
「あー、はい。そうなんです、でも夜ご飯までは我慢できそうになくて…」
「ふふっ、私も。よかったら一緒にどう?」
「え、いいんですか?」
「うん。誰かと食べた方がご飯は美味しいもの」
僕は彼女の言葉に甘えることにした。
「ひどい怪我ね、今日の訓練で?」
「はい、恥ずかしながら」
彼女は実技訓練のあとだろうに、すり傷一つ付いておらず疲れすら見えない。
「紅林さん、今日の訓練はどうでしたか。やっぱり余裕って感じですか」
「ん〜。今日の仮想凶獣はあまり手応えがなかった…かな?」
「さすが紅血の剣姫ですね」
「その呼び名はあまり好きじゃ無いのだけれど…」
なにを隠そう彼女はこの都市でもに二人しか確認されていない二刀流の植物軍器使いでありこの施設のNo.2だ。
僕とは住む世界が違うのにも関わらず、彼女がこうして落ちこぼれにも親しげに話しかけてくれるのは単に彼女の性格の良さからだろう。
「はぁ…どうして僕の植物軍器は皆のと違って脆いんでしょうか…」
「そうね…結局植物軍器はかなり個人差があるからね。それでも正直清白くんの植物軍器はかなり変わっていると思うわ…」
僕たちは幼少期に特別な植物を体に寄生させられ、その植物を体から武器状の形で出したものを植物軍器と呼んでいる。
彼女の言う通り個人によって差異が有り、弓や剣、拳銃など、植物軍器は皆それぞれ違う形をしている。
僕も少し前までは他と違うだけだと自分に言い聞かせていた。
しかし自分のそれは戦う上で重要な強度が致命的に無い。
それに加えて武器に走る本来緑の筈である光が、僕の場合白いという異常な現象が起こっているのは、やはり僕がどうしようもない落ちこぼれだからだろう。
僕のように弱い植物にしか適正がない、もしくは適合できない訓練生は順番にこの施設から消えていく。
それでも施設に僕が残れているという事実は奇跡という二文字では足りないと思っている。