『XIV :門出』
僕はクリストルタワーでのミーティングの後、荷物をまとめるために一度施設に戻った。
荷物と言っても特に持っていくような物はなく、歯ブラシや爪切りや注射器などの生活必需品を鞄に詰め、僕は寮を後にした。
天辺が剥げている電灯。
使い古されたベンチとは反対にいつも輝いている真っ白な廊下。
僕は何度も往復したその廊下を進む。
すると、向こうから金髪の少年が近づいてきた。
天羽君だ…。多分、彼も荷物を取りに来たのだろう。
「チッ…!クズ白かよ」
僕は無意識に目を逸らした。
「同じ班になったからってお前と俺の関係が変わるわけじゃないからな。特に最近、お前調子に乗っててるだろ。鬱陶しい…」
僕が視線を上げると天羽君は表情を曇らせた。
「なんだよその目は…。文句あんのか?」
彼はそう言い捨てると、僕が来た方向へ歩いて行った。
施設の出口に向かうべく、僕は再び歩を進める。
僕たちは一緒にやっていけるのだろうか…。
そんな事を考えながら少し歩くと、ガラス張りになっている廊下に辿り着いた。
僕は思わずそこで足を止める。
ガラスの向こう側では子供たちが注射や、身体検査をされている。
当時はこれが当たり前だと思っていたが、実際に今見ると心が苦しくなる。
特に濁った子供たちの瞳、僕に限らず同級生も昔はあんな目をしていた…気がする。
薄らとガラスに映る自分の顔を見つめ、自分の表情を確認する。
「お前、明るくなったな」
クリストルタワーからの帰り道に東君に言われたその言葉を思い出す。
前より笑うことが増えたような、楽しいと思うことが増えたような…。どこからか漲る自信。
しばらく自分の顔を見つめ僕はその場を後にした。
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リュックを背負った僕は施設の門へと辿り着くと、そこで立ち止まった。
僕がお辞儀をすると横に立っていた管理人が門を開く。
最後に後ろを振り向き、16年間お世話になったその場所を目に焼き付けた。
もうここには戻らない…。
毎日窓の外を見つめ外に出たいと願っていた事が嘘だったかのように、少し寂しくなった。
「…お世話になりました」
門をくぐり光輝く都市部へと僕は旅立った。
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人、人、人、どこを見ても人。
初めての時ほどではないが、この賑やかさに僕の頭はキャパオーバーだった。
初めてのクリストタワーへの往復には東君が隣にいてくれたが、今回は一人。
本当は一緒にいて欲しかったのだが、彼は最後に施設の友達に別れを言うという用事があるので先にクリストタワーに向かってくれと言われたのだ。
すると横から、
「美味しいたこ焼きだよー、兄ちゃん食べてきな!!」
「……!!」
急に声をかけられた僕は飛び上がる。
「兄ちゃん旅人かい?ほら、たこ焼き食いな」
60歳ほどの元気なおばちゃんは僕の右手にたこ焼きを持たせると、左手を差し出した。
「200円」
「えっ。お金とるんですか!」
「当たり前でしょ!こっちも商売なんだから」
僕は騙されたような気持ちになりながらも、渋々財布から100円玉を二枚渡す。
「しょうがないな!はい一個おまけ」
おばちゃんはたこ焼きをもう一個僕のもつ容器に入れる。
「まいど〜~」
僕はたこ焼きを片手にびくびくしながらクリストタワーへと歩を進めた。
東君助けて〜‼外の世界は恐いよ〜!
心の中で叫ぶ。
ドン!!
「わぁっ!」
上を向くとタンクトップを着た強面の男が僕を睨んでいた。
「オイ!!お前、今ぶつかっただろ。たこ焼きのたれが服についただろうが」
僕は彼の服に視線を落とすと、確かに白い服に茶色のシミができている。
「す、すみません」
「すみませんで済むわけねーだろ!一万円だ。弁償だ、弁償!」
シミと言っても大したシミでは無い。そもそも洗濯すればいいのでは?
なぜこの人は大金を要求してるんだ。
無性に腹がたち、気づくと僕は睨み返していた。
「ッ…!!お、おいなんだその目はやんのか!」
男は一瞬怯んだものの、直ぐにまた強気な態度を取り戻し、僕に圧をかけてくる。
我に返った僕は、再び腰を低くして男に問いかけた。
「流石に一万円は高くないでしょうか……?」
小声でそう言った僕に男は詰め寄る。
「持ってんのか!?持ってないのか!?」
「現金は今持ってません…」
「じゃあ、体で払ってもらうからな!こっちこい!!!」
「わっ…」
彼は僕の左手を掴む。
「Hey,Hey。暴力はダメだよ」
突然現れた白衣の男はぼさぼさの髪の毛をかき上げ、タンクトップの男の肩に手をかける。
「お前誰だよ!?こっちは取り込み中だ、引っ込んでろ!」
男は白衣の男に向かって拳を振り上げる。
白衣の彼はポケットから1万円札を三枚取り出し男の顔に押し付ける。
「イテッ!なんなんだお前…」
「Is this enough?(これで十分だろ)」
彼は振り返ると、僕の手をとった。
「ほら、行くよ…」
僕たちは逃げるようにその場から離れた。