『Ⅸ :縁』
「失礼します」
其処では四角いテーブルを囲うようにスーツ姿の三人の男が座っていた。
「…桐王くんご苦労だった。聞いているよ、第4区域級の凶獣がすぐそこに出たそうだね」
一番奥に座っている男はそう桐王を労う。
「はい。ヴィクテマ育成施設の試験中に蛇の凶獣が出現した為、試験官として訪れていた私が早急に向かいました。しかし私が到着する前に処理されており、大きな損害や負傷者は幸い出ませんでした」
「ハハ、いいね〜、最近のヴィクテマの活躍は目覚ましい」
手前に座っている目の下にある大きな傷が特徴的な男は満足そうに笑った。
「いえ、厳密にはヴィクテマの団員ではなく試験中であった施設の生徒によって凶獣は処理されました」
「それは例の二人目の二刀流使いのこと?…丁度試験の年だったような〜」
「いえ、凶獣が出現したのは二刀流使いの少女が入っていたグループではありませんでした」
「ほ〜、では他にもそれほどの手練れが施設にいるってことか?」
「はい、一部しか見ることが出来ませんでしたが、私の能力によれば少年は一撃で体調60mはある凶獣を跡形もなく消し去ったと思われます」
「一撃!!それは凄いですね!」
ずっと黙っていた小太りの男は驚きのあまり声を張り上げる。
「…その生徒の名前はなんというのかね」
一番奥に座っている男は興味深そうにそう問いかけた。
「はい、その生徒の名は……」
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目を覚ますと真っ白な天井が目に入り、電気の明るさに目を細める。
何度か手を開閉し、足を動かすと柔らかい包み込むような感覚が体に伝わり自分がベッドの上に寝ていることに気付く。
「あ、理玖起きたのか…!」
右に頭を傾けるとメガネを外した東君が安堵したような表情を浮かべていた。
僕は窓に視線をむけ外を確認する。
相変わらず真っ暗な空に星空が広がっており、今が何日の何時なのか分からなかった。
彼は横の机に置いてあったメガネをかけると僕へと向き直る。
「心配したよ理玖、お前二日も寝てたんだぞ…」
「え、二日も…!」
そうだ僕は入団試験の途中で…
「試験は、結果はどうなったの?」
自分に何が起こったのか微かに思い出し、慌てて質問する。
「落ち着け、結果は明後日発表だからまだ分からない。あと、怪我人はお前だけだった。他の奴らもすぐに避難してたし、試験も中止されたからな……」
「はぁ〜、よかったー!」
取り敢えず一番心配していた事が大丈夫だと分かり、身体の力が抜けるのを感じた。
しかしそう嬉しそうに言った僕とは反対に東君は難しい表情をしている。
「東君?」
「っ…!」
声をかけると東君は顔を強張らせ、声をつまらせた。
彼は自身を落ち着かせるように一拍おいてから言葉を紡ごうとする。
「理玖っ…俺、俺 はっ…‼」
しばらくの沈黙の後、彼は下を向き歯を食いしばりながら必死に言葉をつなげる。
「怖かったんだ…!死ぬかと思った…それで、それでっ…理玖を使って。お前が了承すると…心のどこかで分かっていてっ…‼お前を…囮にして、お前が必死に戦っている間…俺は一人で逃げ出し……っ!」
彼は溢れ出る大粒の涙を必死に拭う。
「ごめん、理玖。本当にごめん、ほんとうに…ごめん」
彼は俯きながら、何度もそう言った。
「俺は最低だ……友達、いや人間失格だ……‼」
「……。」
暫く保険室内には沈黙が流れていた。
そして、そんな沈黙を破ったのは思わず口から漏れた僕の呟きだった。
「……よかった」
「………?」
不思議そうに彼は視線を上げる。
「…僕たち、ちゃんと友達だったんだね」
突然僕の頬を止めどなく温かい何かが流れ出す。
視界はとっくのにぼやけて何も見えなくなっていた。
「おいおい、なんでお前が泣いてんだよ…」
以前から東君は惨めな僕にかまってくれているだけなのかもしれないと不安だった。
何度も友達なのかもしれないという期待を抱く度に、不安になった。
そして試験の時。やはり僕たちは友ではなかったたと、僕が勝手に期待していただけだったんだと、そう思い、苦しかった。
…それがあの時何よりも苦しかった。
「勘違いじゃなくて良かった…」
「…何言ってんだ。…友達じゃなきゃあんなに話しかないよ…」
「そっか…そうだね。…そうだよね」
僕は拭っても拭っても溢れてくる涙を必死に腕で隠す。
「確かにあの瞬間の東君は最低だったのかもしれない」
「……。」
「けどね…、僕は優しくて、意外と頼り甲斐があって、いつだって誰よりも背中を真剣に押してくれる東君を誰よりも知ってる」
「だからね、あんな事じゃ僕は唯一の友達を見損なったりしないよ。だって僕たち…友達でしょ?」
そう言った僕は今までで1番の笑顔を浮かべたと思う。
「ありがとう、ありがとう…。ありがとう、理玖」
東君は必死に溢れ出る涙を堪えながら続けた。
「理玖。正直許してくれなくてもいい。けど、俺は一生かけてお前に償うから。理玖の近くで、誰よりも近くで…」
ぼやけた視界で僕は東君に視線を向けた。
「東君…。じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
彼はニヤッと口角を上げ、いつもの笑顔を浮かべた。
「任せとけ、親友。」
僕たちはお互いの頬に流れる涙は見ないふりをして、この後時間を忘れてたわいも無い話をした。
…この日僕は初めて、東君と本当の"親友"になった。