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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】~ソーン・ロックハンスの場合~

作者: 保科寿明

エルリック・サーガの著者、マイケル・ムアコックに影響を受けた私のささやかな作品。今は亡きチャールズ・ブコウスキーに捧ぐ。短編ソーン・ロックハンスの物語。楽しんでください。

 これは三大国のひとつ、神聖ザカルデウィス帝国に住まう将軍、ソーン・ロックハンスの物語。そして彼女の人生の一部を切り取ったものであり、その一握りの欠片である。


彼女は歩いていた。このコル・カロリの世界で最大の領土を誇る国、神聖ザカルデウィス帝国で、ただ彼女は歩いていた。目的などない。彼女の名はソーン・ロックハンス。ロックハンスの兄弟のなかでも常識人の方であった。今彼女は、何も考えずに外を散歩していた。散歩することが、彼女の日課になっていた。そのスレンダーな肢体を隠すこともなく、ただ外を歩いていた。何も考えたくない時間が欲しかったのだ。その点では、長兄ラーディアウスの癖と少し似ていたのかも知れなかった。別に裸で外を出るのではなかった。ただ、女性らしい格好をするのが苦手だったので、長ズボンにタンクトップというスタイルで出歩いているのに過ぎなかったのだ。彼女は元来美しかった。冷たく、儚げな印象を与える彼女は人々の目を引く存在だった。しかし、そんなことは構わなかった。


それには確固とした理由があった。彼女はこの神聖ザカルデウィス帝国の将軍だったからである。顔を知られていたとしても、国内ではそれほど支障はなかった。というよりも、民衆は彼女を将軍だとは認識していなかった。ソーンは仕事の時、いつも仮面とフードを被っていたから、誰にも自分だと分からなかった。散歩は気持ちのいいものである。いつもの仕事の忙しさをリセットしてくれるものがある。ここ神聖ザカルデウィス帝国の首都、光都エリュシオンは近代化が進んでいた。竜族の住まう“覇界”と人間の魔導の見事な融合により、“魔導科学”というものが発展し、他の国よりも一万年先の未来の技術を手にしていた。車のみならず、戦車、巨神と呼ばれる巨大な人型兵器、戦艦と呼ばれる巨大な船まで保有し、戦力も他と一線を画すものになっていた。彼女はそこの将軍であった。なので、インフラの整備などで仕事は山積みになっていた。彼女はその仕事をひそかに抜け出し、休憩を勝手に取っていた。休憩を取れないと、決まって彼女は抜け出していた。それを部下たちは黙認していた。別にやることをやった後になって必ず抜け出していたので、義理はそこで果たせていた。なかにはソーンに好意を抱く部下まで現れだしていた始末であった。そういうことを彼女は嫌っていた。


「この服、可愛い……」


女性らしい格好をするのは苦手だったが、流行には敏感であった。自分もそんな普通の女性的な生活をしてみたいと考えていた。なので、衣服店のショーウィンドウに目を奪われていた。


「私に似合うかしら。これ……」


服を興味津々に見つめていると、ひとりの女性が店から出てきた。どうやらこの店の店員のようである。


「お客様!随分とスタイルが良いのですね!大丈夫です、貴女ならどんな服でも着こなせてしまうに違いありません!」


「試着できるの?」


「もちろんです!」


「じゃあ、この服着てみたいかも。いいかしら?」


「はい!」


ソーンの心はイキイキとしていた。年頃の女性そのものの目で店に入った。店員は奇麗だったが、それ以上にソーンの試着室に入っていく様子は輝いて見えた。この店は女性物の品だけでなく、男性物の品も置いてあったので、当然店にも男はまばらにいた。その男たちが釘付けになって見ていたのは彼女の方であった。それほど、彼女の魅力は凄まじいものがあった。将軍になれたのも、この桁外れのカリスマ性によるところが多い。人を惹きつける力は常人のそれを上回っていたのだ。動物で例えるならば雌豹であろうか。彼女は急いでいなかった。ゆっくりと着替えを続けていた。その服はフリルのついたワンピースで、黒色だった。色は彼女の好みであった。そのスタイルに完璧に収まったワンピースは、彼女の魅力と相まってより一層輝いていた。いや、その逆だったのかも知れない。ワンピースが彼女の魅力を引き立てていたのかも知れなかった。


そんなわけで彼女は、試着室のカーテンを開けた。黒いフリルの付いたワンピースに、ストッキングに、ハイヒール、何もかもが完璧であった。そんな姿に皆が虜になっていた。普遍的な人間ならば、この彼女の魅力に惹かれないわけがない。それはこの場にいる全員が理解していたし、店員も息を飲んでいた。しかし、当の本人は恥ずかしがっていた。頬を赤らめ、見られるのが耐えられないといった表情をしていた。そういう格好に慣れていなかったのである。この彼女の恥じらいは当然であった。その恥じらいがまたソーンという女性を一層引き立たせる材料になっていたのは間違いなかったのだが。この店にはメイクまでしてくれるサービスが付いていた。一定額以上の買い物をした女性だけに許される権利のようなものであった。ソーンは足早に試着室から去ると、そのメイクサービスを受けるために椅子のある方向へと目指した。このワンピース自体が高額だったので、彼女もその権利を持っていた。


「よくお似合いです。メイクされますか?」


「えぇ、お願いできる?」


「お任せください!」


何なら彼女は別人になりたい気分だった。仕事から抜け出してきた手前、あまり豪遊はできないのだが、今日かぎりはチャンスと捉え、別人になって街を散歩したいと思っていた。たまたま見つけた店で、たまたま今日はお洒落を嗜み、そしてたまたま仕事の間に抜け出して思い切り“女性”になってやろう。そういう考えである。なんの不都合があろうか。彼女にも日常が欲しかったのだ。時折、弟のアレイスティに技の伝授をしにエギュレイェル公国に足を運ぶこともあるが、そんなことは抜きにして、ひとりの女性として過ごしていたい。別に買い物だけをするだけで事足りるわけではない、男を侍らせたいわけではない。ただ、仕事を完全に忘れて散歩がしたかっただけなのである。そんなことを考えているうちに、店員は彼女のメイクを完了させていた。


「どうでしょう。ご満足いただけました?」


「ありがとう。いくらになるの?」


「二万です」


「はい、お釣りはいらないわ」


「ありがとうございました!」


タンクトップと長ズボンの服装とは別の、または別人になって店を出た。目を引く存在だったのが余計に目を引く存在になり、街中はざわめいた。黒のフリルのワンピースに、ストッキングにハイヒールに、更に帽子とバッグまで買っていた。そしてその美貌を活かしたメイクである。完璧であった。男のみならず、同じ年頃の女性にまで目を引いていた。彼女はそんなことを意識もせずにただ歩いていた。目的地はない。あったとしてもゆっくりとした足取りで行きたい。別に今日は休暇ではないが、いつもやることはやっているし許されるであろう。元帥ギルバートに尋問を受けるようなことはしていないはずだ。…と、彼女は思っていた。しかし、そんな穏やかな時間は終わりを迎えた。


 突如として訪れるトラブルであった。この光都エリュシオンは犯罪とは無縁と考えられていたが、小規模であったが頻発していたのも事実であった。治安は確かに良い方ではあったが、問題がなかったわけではなかった。元帥ギルバートのもと恐怖で統治された国なので、その目が届く範囲では犯罪は起こらないが、ここは郊外なのであった。郊外も比較的平和であったが、それは善良な市民が多く住んでいるからであった。ただ悪人の数も潜在的には多く存在していた。ソーンの目の前で起こったことを話そう。誘拐事件である。身代金要求が目的の誘拐であったが、その現場には多くの血が流されていた。ソーンの目の前の店の店主とその妻は震えていた。客が皆殺しにあったのである。何の変哲もない飲食店で起こった事件はそれだけ凶悪なものであった。彼女はバッグをベンチに置いて、その凶悪犯を追った。そのスピードはハイヒールで動く女性とは思えないほどのスピードである。凶悪犯はしっかりとマークされていた。彼女によって。


「身代金の要求のためにあなたたちの取った行動は許されない。私は奪われた命のために行動するの」


この行動は将軍としての務めでもあった。街に起こった犯罪は街の警備に任せていたが、目の前で犯行が行われたとなれば話は別である。彼女は散歩を楽しみたかっただけなのであるが、しかし、惨い事態を見過ごせるほど甘くはなかった。常に大局を見渡せるだけの度量と正義感を兼ね備えていたのだ。マークを続けていた彼女はとある倉庫に入った。凶悪犯たちのアジトでもあったのだ。そこで見られたのは、あまりにも残酷な光景であった。泣きじゃくる子供を撮影し、電話という機械で襲った店の店主に繋げると、それを中継しだしたのである。その様子をソーンは盗撮していた。裏が取れるまで行動は起こさないでおいた。それを神聖ザカルデウィス帝国の警備部署に提出するためである。


「しっかり情報は得た。行動開始ね……」


「へへへ……おい、娘の命が欲しかったらカネを出せ。たんまりとな」


「お頭は気が短いんだ。わかるよな?この言葉の意味が」


「おい……娘はどこにいる?」


「ここにいるよなぁ?あれ?縛り付けておいた柱にいない、どこだ!」


中継されているはずの映像に縛られているはずの娘がいない。脅迫を受けている側も、している側にとっても不思議なことであった。まさか自分から縄をほどいて脱出できるだけの力はないだろう。そう考えていた凶悪犯はあたりを警戒し始めた。今更侵入者を疑っていたのである。倉庫のなかは薄暗く、陽の光はわずかに差し込む程度であった。それはソーンにとって最もやりやすかった空間であった。彼女の専門分野は“暗殺術”。この世のありとあらゆる暗殺術を徹底的に網羅している。そして、その身にいつも隠し持っている武器、それは鋼線であった。いつもの武装とはまた違うが、これが彼女の普段から使用している暗器であった。自身のスピードにも活かせるし、攻防一体の展開をいつでも用意できるので、彼女は好んでこの鋼線を使っていた。あらゆるものを断ち切れる上に、銃弾の防御もできる。


凶悪犯は五人いた。そのうちの羽振りのいい者が頭だと、見ればすぐにわかった。あたりを警戒していた凶悪犯のひとりが、銃を乱射しはじめた。こうなると流れ弾がこっちに向ってくるのは避けたいので、彼女は鋼線をその錯乱した男の首に巻き付け、胴体から落とした。その様を見ていた残りの四人が騒ぎ始めた。何が起こっているかわからない事態が連続して起こる恐怖は、どのような恐怖よりも勝ることを、彼女は知っていた。そしてまた二人の身体に鋼線を巻き付けると、すぐにバラバラの死体へと成り果てた。娘はどこに行ったのか?それはソーンの作った鋼線のハンモックでリラックスして眠っていた。そんな様子なので、彼女は安心して凶悪犯の始末を楽しむことができた。そう、彼女は暗殺者である。“殺しへの飢え”に強く悩めるほどの生粋の暗殺者。暗殺者たちのなかでもトップに君臨する女帝。それがソーン・ロックハンスという女性であった。


「増援を呼んだから、邪魔者は片付くはずだぜ」


「そうですかい。こんな一方的に殺されちゃたまったもんじゃないですぜ」


(増援を呼んだ……?)


ソーンは凶悪犯の総数は相当なものであることを悟った。間違いなく五人ではきかない。この羽振りのいい男もただの幹部レベルの男で、頭は別にいるのかも知れない。そう読んだ。彼女のその悪い読みは当たっていた。車が五台ほど倉庫の中に入ってきて、降りてきた男たちはそれぞれが武装していた。そして武装していない男がひとりだけいた。間違いなくその男が頭であることが分かった。手練れである。人間にしてはよく訓練され、鍛え上げられている男である。風格そのものも他の凶悪犯とは別物であった。数にして頭の男を含めて二十七人。彼女にとってはとても面倒な数であったが、しかし、問題になる相手でもなかった。あの手練れの頭の男を除けば。


「カネと人質を取られて部下まで殺されるとはな。お前には期待していたのだが」


「すいません!なにがなんだかよく分からないまま殺されちまって……」


「言い訳は聞かないぞ。このままザカルデウィス帝国の正規軍の警備部隊に知られてみろ。ビジネスは破産するんだぞ」


「はい!すいませんでした!」


どうやら本当にこの羽振りのいい男は幹部クラスの男で間違いなかったらしい。すると、頭の男がなにかに気付いたようだった。鋼線である。その一筋の輝きを見逃さなかったのだ。ソーンはそれにいちはやく気付いて鋼線を戻すと、次の隠れ場所へと身を移した。このままでは娘の場所まで気付かれるかも知れないので、自分の傍まで抱きかかえて移動させた。頭の男は相当キレるらしい。しかし、ソーンは冷静だった。訓練された人間でも目で追えないスピードで動かれたらどうなるか?人智を越えた速度で移動し、人智を越えた殺傷能力で襲われたらいったいどうなるのか。それを証明するいい機会でもあった。彼女は、その大勢の前に大胆にも姿を現した。男たちは彼女の美貌に息を飲んだ。そして興奮していた。人質を取るよりももっと稼げる女かも知れないと踏んだのだ。


男たちは愚かだった。この目の前にいる女は確かに只者じゃないが、屈服させてしまえば使い物になると考えていたからだ。屈服させる方法はひとつしかない。凌辱すること、それだけである。頭の男も同じことを考えていた。だから愚かだったのだ。男たちは銃を向けてじりじりと寄ってきた。それで彼女は怯むだろうと考えていた。しかし、ソーンは男たちの目の前から消えた。というよりも移動した。“檻”という歩法を独自に編み出した彼女は、その気になれば歩くだけで実体を空に消し去ることができた。残像も残さずに。そのスピードは男たちの理解の範疇を超えていた。その間、彼女は鋼線を使い、男たちを切り裂きまくっていた。その絶望的な戦力差に頭の男は焦りを隠せないでいた。


「なんだ!この、この女が全てやっていることなのか!嘘だ!」


「あなたたちは報いを受けるのよ。死になさい……静寂の中で」


瞬く間に頭の男だけになったが、彼女は最後に取っておいた。すぐには殺さないでおいたのである。彼女は殺しを心から楽しんでいた。凶悪犯の犯行は許せなかったが、最後の獲物はやはり取っておいたのだ。ようやく殺しの心髄を垣間見れるのである。一対一で殺し合いを楽しめる。それを好機と踏んだ頭の男はソーンのことを、それでも甘く見ていた。スピードは凄まじいのかも知れないが、パワーやテクニックはそれほどでもないであろう。自分をさっき殺さなかったことを後悔させ、犯してやろうと考えていた。最低極まりない下衆の考えはどうあがいても変わらないものである。


「来い。女……」


「さて、ショータイムよ」


パワーもテクニックも完全に彼女が上回っていた。格闘術の応酬であったが、しばらくして頭の男が息を切らしていた。ソーンは実力の半分も出していなかった。当然である。彼女は神聖ザカルデウィス帝国の将軍で、暴竜騎士団の団長。ロックハンスの兄弟でも身体能力は最強、暗殺社会の女帝だったのだから。その辺の手練れがどうにかできる相手ではないのは初めから決まっていたことだった。


「警備部隊の世話になりなさい。今連絡しておいたから、もうすぐ到着するでしょうから」


「鋼線が外れない!何者だ!お前は!」


「さてね……」


ソーンは隠れ場所に置いてきた娘を連れて、さっきの現場まで連れて帰った。そして、彼女はつかの間の休息を散歩だけでなく、少し台無しにされた体ではあったが、殺しを楽しめた。お洒落も完璧である。ベンチに置いていたバッグも回収し、また仕事場へと消えていった。部下には驚かれた。タンクトップ姿の将軍がいきなり黒いフリルのワンピースを悠然と着こなしているのである。部下はその姿にまた、ソーン・ロックハンスの魅力に憑りつかれたのであった。



~ソーン・ロックハンスの場合~



私の短編はここで終了となります。長編連載を希望する方は感想までお願いします。ロックハンスの兄弟のお話、最後まで読んでいただき、感謝します。ありがとうございました!

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