9、国王 ラーマハント
オストワール王国は、約三百年の歴史がある。最初の百年は国を形作る為、戦乱の日々だった。次の百年は、少し落ち着いたとはいえ、他国から干渉され、事あるごとに侵略戦争に見舞われていた。そして、周りの国々も落ち着き、ようやく平和な世界となって百年。前二百年は共通の敵がいた為、比較的、国の内部をまとめやすかったが、平和になったこの百年は、ある意味、特別なイベントもない中、国が退廃しないよう各王の腕の見せ所でもあった。
第23代オストワール王国君主でありラインハルトの父、ラーマハント・ドゥ・オストワールは、名君として、日々王の職務を全うしていたが、今、彼は頭を抱えていたのだった。
学園の卒業まであとほんの数か月という所で、昨晩、自分の自慢の息子である第一王子に、「大切な話がある」と言われた。王としては、王太子でもあるラインハルトが自分に話があると言われれば、もちろん話を聞くのは、問題ない。むしろ、自分を頼りにしてくれると思うとうれしい位だ。しかし、学園に入りこませている「影」の話を総合して考えるに、嫌な予感しかしない。
「影」の報告では、ラインハルトは、許嫁のエリカ嬢を蔑ろにし、別の男爵令嬢ととても懇意にしているという。
王から見た公爵令嬢であるエリカ嬢は、とても知的で美しく、そして、下々の者まで丁寧に対応し、そして優しい気性だ。おまけに、出来ない事、わからない事があれば、自分が納得するまでなんとしても解決しようとする努力家でもある。こんな王妃としても妻としても、とても素晴らしい逸材なのに、なぜラインハルトは彼女を厭うのか、王には全く理解が出来なかった。
王から見てラインハルトはというと、とても素直でまじめで思慮深い。エリカ嬢と同じように気性の優しい子でありながら、君主として厳しい側面があることも、きちんと理解していると思っている。確かに一芸に特化しているわけではないが、調整力があり、この平和な今の世であれば、名君になる器の者になりえるだろうと思っている。
現国王には、ラインハルトの母である正妃の他に、第二王子レインハルトの母である側妃も居る。二人の妃はきちんと弁えていた為、血みどろのお家騒動には至っていないが、それでも、こちらを立てれば、あちらが立たず。あちらを立てれば、こちらが立たずと、二人の妃の間で、とても大変な思いをしていた為、二人の王子には、なるべくなら妃は一人の方が良いと、(自分の妃たちにはもちろん内緒で)言っていたのだった。
側妃ならば、男爵令嬢とてアリだとは思うのだが、王妃は一人の方が良いと、散々息子たちにアドバイスしていた為、あのまじめなラインハルトが、エリカ嬢ではなく、男爵令嬢一人を選ぶ可能性もありえる。と王は危惧していた。
エリカ嬢は、現宰相の直系の孫娘だ。
もし、ラインハルトがエリカ嬢を蹴った場合、祖父である宰相は激高し、領地に戻ってしまう可能性もありうる。今、東の帝国の動きが怪しい中、禍根を残したまま宰相に領地に引き籠られてしまうのは、致命的に痛手である。
しかも、彼の領地は、帝国との国境の守りの要であるし、肥沃な穀倉地帯の為、国の主食を掴んでいるとも言える。内政的にも、地政学的にも重要であるザラニーニ家のご令嬢を未来の国王であるラインハルトが蹴ることは、まずありえない、と思いたい。思いたいが、自分の若い頃にもあった、若者にありがちな「真っ直ぐな思い」とやらが爆走するとも思えなくもない。
と悶々と考えながら、王は、久しぶりに眠れない夜を過ごしたのだった。