8、大魔法使いの再来 モロット
この世界には、魔法がある。とはいえ、殆どの人は魔法を使うことは出来ない。魔法が使えるのは限られた特別な人だけで、魔法が使える人間を何人抱え込めるかで、国力がだいぶ変わってくる。大半は、血筋で決まる魔法使いなのだが、稀に突然変異として両親に魔法が使えなくとも、魔法が使える子供が生まれる事がある。
モロットはそうしたうちの一人で、自分に魔力があると認識したのは、5歳位の事だった。何も知らない無知な「普通の」両親は、魔力をどう扱って良いのかわからず、そして、もちろん教える事も出来ず、モロットは度々魔力を暴走させていた。そして、手に余った彼の両親は、孤児院へとさっさとモロットを預けてしまったのだった。
幼いながらも両親に捨てられたと感じていたモロットは、心の扉を閉ざしていたし、魔力がまた暴走するとここも追い出されるという恐怖心から、周りの子供と交流する事なく、ひとりでじっと過ごしていた。そんな中、孤児院に慰問に来ていたザラニーニ家の親子と出会ったのは、彼にとって、人生最大の幸運な事だった。
その日、ザラニーニ家がその孤児院に立ち寄ったのは、タマタマだった。通常、彼女達が寄付したり慰問に行ったりするのは、教会が運営しているような「ちゃんとした」孤児院だが、モロットが両親に入れられたのは、個人が補助金目的で経営しているような小さな孤児院もどきの施設で、家の大きさに対し、どう考えても、子供の数が多く、環境もお世辞にも良いとは言えなかった。
ザラニーニ家の人々は、魔法は使えなかったが、魔法を使える人々との繋がりがあり、モロットに魔法が使えるとわかると、モロットに対しても、他の大人たちのように彼を遠ざける事はなかった。それどころか、魔法が使える家に、直ぐに引き取ってもらえるよう手配してくれたのだった。
引き取られた先の家は、孤児院の環境に比べれば天と地ほど違ったし、家族として温かく迎え入れられた。確かに魔法に関しては、とても厳しかったが、モロット自身、魔力の量にも才にも恵まれ、のめり込むように魔術の勉強に明け暮れた。そして、いつしか大魔術師の再来と言われるほど頭角を現していたのだった。
後から聞いた話によれば、ザラニーニ家は、たまにフラッと目についた孤児院に訪れては、魔法が使える子供がいないか、探すことがあるらしいとの事だったが、王都の中には、孤児院もどきの施設はいくつもあり、タイミングが悪ければ、あのままの生活を強いられるはずだったと思うと、モロットは、ザラニーニ家に多大なる恩を感じざるをえなかった。しかも、他の家に預けて終了ということもなく、その後もザラニーニ家の人々との交流は続き、歳が近かった子供達とはよく一緒に遊んだのだった。
さて、大魔術師の再来と言われる程頭角を現したモロットだったが、エリカに言わせれば、「魔法バカ」だった。そんなことはないとモロットは思うのだが、「言い寄っていた女性がいたのに、気づいてなかったでしょ?」と言われ、何も言えなかった。
確かに、思い返せば、魔術を見たいと言ってきた女生徒がおり、モロットにとって、特段難しい魔術ではなかった為、言われるまま簡単な魔術を見せ、きゃあきゃあ言って喜んでいたなと思い出したのだった。モロットにとっては、頭角を現した途端、手のひらを返す人々を見てきたので、その女生徒もその内の一人にカウントされていたのだった。それに比べ、魔法バカと言って昔と変わらない対応のザラニーニ家姉弟は、彼にとって、心休まる存在だった。
そんなザラニーニ家の姉エリカが最近浮かない顔をしている。
人の機微には疎いモロットであったが、さすがに幼馴染の彼女の異変には気づいたのであった。しかし、面と向かって大勢がいる空間で聞くのは恥ずかしく、子供の頃、大人には内緒で話す際に使っていた彼の得意技の一つの「念話」を使って、そっと話を聞いてみると、どうやら婚約者との間に問題が発生しているようだった。
自分が出来る事があれば、何でもすると彼女に申し入れると、「何でもする、なんて軽々しく言っちゃダメよ」と笑いながら、いくつかお願いされた。モロットにとっては、どれもとても些細な事だったので、問題なく引き受ける事にした。
そして、あの姉弟とイタズラをした幼い日を思い出しながら、彼女の為に、動く準備をいそいそとするモロットだった。