5、宰相の孫 ミカエル
オストワール王国で軍部の現トップがジークハルトの家だとすると、文民でのトップの家は、ミカエルの家だった。とはいえ、常に王と共に一緒に国の政策に関わっている為、貴族社会の中で、王以外では、ミカエルの祖父である宰相が軍部を抑えダントツのトップだという認識であった。このオストワール王国は過去百年、他国との争いがなかったため、軍部より文官が上というのは、しょうがない事であろう。
ミカエルは、ラインハルトやジークハルトより一学年下である為、四六時中彼らと一緒にいるわけではなかったが、それでも彼の父も宰相補佐であり、ゆくゆくはミカエルもそれに近いポジションになることはわかっていた為、殿下と一緒に過ごすことが多かった。
そんな彼は今、「猛烈にマズイ状況だ」と焦っている。
なぜならば、殿下が婚約者の女性とは別の女性に、現を抜かしているからだ。
ミカエルがこの学園に入学した当初、殿下もジークハルトも普通だった。
なのに、気がつけば、ジークハルトがシャーロットに骨抜きにされていた。本来守るべき主君そっちのけで、彼女の登下校の付き添いはもちろんのこと、ランチの時間から、はたまた、異なるクラスなのにもかかわらず、わざわざ移動教室まで随行するようになっていった。軽く彼を諫めれば、殿下から、「好きな事ができるのは、今のうちだけだから」と言われ、ジークハルトはそれをそのまま鵜呑みにして、変わろうとしない。しばらく様子を見ていたミカエルだが、徐々にジークハルトだけでなく周りの男性が次々とシャーロットの虜になっており、この事態にうすうす危惧していた。
ミカエルとしては周りの男性を虜にしているうちは、危惧はしつつも静観を決めていた。例えそれが、学校の教師だろうとも、この国一の商人の息子だろうとも、はたまた大魔術師の再来と言われていた生徒だろうと。だが、殿下がシャーロットとジークハルトのように仲が良い事に気がついたミカエルは、背中に冷や汗がしたたり落ちる程、とても焦っていた。
殿下だけは。殿下だけは、どうしても駄目だ。
シャーロットは確かにカワイイ。最初こそ芋臭かったが、色んな男性と浮名を流す頃には、とてもあか抜けた美少女になっていた。通常貴族令嬢は、必要以上に男性に話しかけて来ない。なのに、長い事市井に暮らしてきたという彼女は、簡単に慣習も身分という名の垣根も飛び越えて話しかけてくる事に、彼らは興味を持つ。そして、華奢な体とその愛らしい顔で、目をうるうる潤ませている姿は、男性からしたら、とても庇護欲を掻き立てられるだろう。しかも、彼女の言葉のチョイスがとても絶妙なのだ。思春期真っただ中の彼らの気にしている部分を上手くフォローし、褒める。彼らの自尊心をくすぐるような言葉を上手く使い、気がつけば、彼女の思い通りに事が運んでいる。しかも、殿下とシャーロットの最近の会話の中に、王妃だなんだという言葉が出てきたから厄介だ。
確かに一介の貴族の奥方や大商人の家であれば、シャーロットはアリであろう。
だが、王妃となれば、話は別だ。
確かに、王家では側妃という道もあるが、
如何せんミカエルの姉は、殿下の許嫁であるあの「エリカ」なのだ。
まだ結婚してはいないとはいえ、一族の繁栄の為、家全体で、エリカを全力でバックアップし、王太子の唯一の妃にしなければならない。なのに、ここに来て、なぜ殿下は、よそ見をするのか!こんな事が、自分の父親や、それこそ祖父にでもバレたりしたら、「お前は何をしているんだ!」と締め上げられるに違いなかった。
そんなミカエルも、シャーロットに一度、「相談したいことがある。」と言われ、彼女の器を見定める為にも二人で話すことがあった。確かに、彼女にも教養は一通り付いているようだったが、全てにおいて足りていなかった。ミカエルの家は宰相を代々輩出している家なだけあって、最高の教育が施されており、どんなに外見が好みでカワイかろうと自分と対等に話が出来る女性でなければ、つまらない者に映ってしまうのだった。しかも、この国最高峰とも言えるお妃教育を完璧に施された姉であるエリカが身近にいる為、シャーロットが劣化して見えるのは当然の事だった。
未来の義兄である殿下は、この国の王になるべくして生まれたような人物だとミカエルは評価している。如何に上の者に取り入って「出世せん」とする貴族達の浅ましいソレとは全く異なり、この国全体を見渡せることの出来るお方だと、ミカエルは思っている。姉のエリカと殿下の話は、まるで国の政策に携わるような専門家の意見の交換会のようになっており、ミカエルはいつも楽しく二人の話に交じっていた。
それが今は、シャーロットに取り入ろうと甘い甘い言葉を、殿下は彼女に吐き続けている。姉には、やたら小難しい本をいつもプレゼントしていたというのに、シャーロットには、いったいいくらするんだと思うくらいの宝石の数々を贈っているのも、ミカエルは気に入らなかった。一度殿下にそれとなく聞いてみたら、「君はまだお子様だから、わからないのだよ。」と、王子スマイルで言われてしまった。
わからなくて結構!
愚王にならせない為にも、自分が何とかしなくては!
と気合を入れ直すも、どうしたものかとミカエルは考え、とりあえず今辛いはずの姉の元へとご機嫌伺いに向かう事にしたのだった。