2、公爵令嬢 エリカ
さっそくのブックマークありがとうございます!
大陸の中で中規模程度の王国オストワール。
大帝国程の広大な土地はないが、海に面しており海岸を上手く利用し、海洋資源と貿易によって栄えている王国である。この中で、オストワール王国建国時に大きな功績を残した貴族が四つあり、その家の一つがエリカの家であるザラニーニ家である。
ザラニーニ家は、肥沃な土地を上手く使い発展させ、その膨大な利益を武器に、王国の中枢に傍系までがっちりと入り込んでいる家柄で、この国で確固たる地位を築いている。エリカの父も家の栄光に引きずられることなく、しっかりとした名君であり、王家、領民ともに信頼の厚い人物だった。
そんな名家であり、信頼の厚い人物の息女という事で、年ごろも丁度のエリカにオストワール王国第一位王子ラインハルトの許嫁に決まったのは、彼女がやっと物心がついたであろう5歳のことだった。
ある日、いつも以上にニッコリと笑った母に、いつも以上に気合の入ったフリフリのドレスをエリカは着せられ、全容が全く分からないほど大きな城に連れられたと思ったら、同じ位の歳の男の子と面会させられ、「あなたの将来の旦那様よ」と告げられた。
5歳のエリカに「旦那様」の意味が良くわからなかったが、「お父様とお母様みたいな間柄」と言われ、その時は、何となく理解した。
とはいえ、本当の意味での夫婦なんて、5歳児にわかるわけがなく、しばらくは「遊び相手」という認識だったと、この頃のことを振り返ったエリカは思うのだった。
護衛や乳母、その他お付きの者達もろもろに周囲を囲まれながら、外で無邪気に一緒に走りまわっていた幼少期から、成長するにつれて、同じ本を読んでは感想を言い合ったり、馬で共に遠乗りしたり、果ては対外政策について意見交換をしたりと、だんだん二人で過ごす時間の使い方は変わっていったが、初めてあった5歳のあの日の翌日から始まった王妃になる為の様々な教育によって、徐々に将来の王妃としての自覚が芽生えたエリカにとっては、一緒に過ごす内容が変わっていくのは当然の事だった。
エリカ自身、ラインハルトの事をどう思っているかというと、とりあえず幼い頃から「将来ラインハルトのお妃さまになるの!」とみんなの前で言っていた位には、好意を持っていた。もとより、第一王子の許嫁になったのだから、将来「夫」となるのはラインハルト一択しかないし、ラインハルトには邪険に扱われるという事は全くなく、二人仲良く過ごしていた為、これが本当の恋かと言われると疑問だが、彼女はラインハルトの事を、「生涯、自分の隣にいる男性」なのだと思っていた。
そんな二人の関係に変化が起きたのは、学園に入学して2年目の夏の事だった。
この王国では、十五歳から十八歳までの3年間、大概の貴族が入学する学校がある。設立当初は、「生徒は全員貴族」という規定があり、それぞれ科目はあるものの、社交を身に着ける為に設立したような学校であったが、近年は、貴族以外の庶民にも門戸が開かれていた。とはいえ、幼少の頃から家庭教師に付きっきりで勉強を見てもらっている貴族の子弟相手に、一般庶民がついていけるはずもなく、現在でも、大半は貴族で構成されている。入学している庶民といえば、かなりの資産家の子弟か、もしくは、運良くパトロンを得られた一部の天才だけであろう。
という事で、強制しているわけではないが、この学園は、この国の縮図のような人間関係が自然と出来上がっていたのだった。
つまり、王家であるラインハルトがカーストの一番上で、その次は四家の公爵家の直系、その下にその傍系、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家と続き、一番下が一般庶民となる。
そんな中、ずいぶん毛色の違った男爵令嬢であるシャーロットが途中から転入してきた時は、学園内で話題にあがった。なぜなら、そもそもの出自が庶民であり、途中から男爵家の養女として迎え入れられたという所から、まだ世間に疎い学生たちにとっては奇異な存在であったし、また彼女の性格も、彼らの常識とはいささか異なったのである。
通常このカーストに従い、それぞれ人間関係を作っていくことが常で、おいそれと下の者から上の者に話しかけてくるものではないのだが、シャーロットはそんなことは全く気にせず、どの生徒にも話しかけているようだった。それは、格上の四家や侯爵家に留まらず、カーストの頂点にいるラインハルトも例外ではなかった。
ほどなくして、ラインハルトとシャーロットが一緒にいる所を、度々目撃され、周りが気にする位、ラインハルトは、エリカよりもシャーロットと一緒に過ごす事が多くなっていた。
エリカがその事に気がついた時は、ただただ茫然とした。
今まで、ずっと一緒にいる事が当たり前だった為、
初めて自分の足が掬われた気がした。
なんと自分の立場が危うい事か。
確かに、王命の元で婚約しているのだから、さすがに婚約解消まではなくとも、ずっと自分の事を見ていてくれると思っていたラインハルトの気持ちが、こんなに短時間のうちにあっさりと別の女性に向くのだと、実感したのだった。
王族の為、側妃は置くことはありえる話で、エリカも頭ではわかってはいたが、自分の目の前にその可能性をまざまざと見せつけられると、何とも心がかき乱されたのだった。
これからどうしたものかしら...
と、これから自分が取るべき道を、エリカは毎日探す事になったのだった。