16、第一王子 ラインハルト ~その2~
周りの視線なぞ全く気にせずに、むしろ参加者全員に見せつけるかの如くエリカと熱い抱擁をしているラインハルトは、今心の底から、感動していた。ずいぶん昔に、二人で遊び半分で決めたにも関わらず、エリカはちゃんと覚えており、且つ遂行してくれたことに!
教本には載っていない事を、色々教えてくれた王弟である叔父に、今は感謝しかない。
確かにその内容は、ここでは口に出来ない位えげつない事も多々あり、後日それを知った国王は、頭を抱えてはいたが。
自国の内外の政策に対し、エリカと二人で意見を交換していたある日、後ろでオブザーバーとして聞いていた叔父に、「もっと具体的な事も決めておいたら?」と言われた。その時、二人はポカンとしていた。具体的とは何なのか。しかも、叔父の事だ。多分普通の「具体的」な内容を言っているわけではないと、二人とも想定していた。
その日、叔父はそれだけ言うと、「巷で有名な歌姫との大切な約束がある」とか言って、さっさとその場から去っていった。叔父が去っていった後、残った二人で話し合った結果が、政策云々ではなく、叔父が言いたかったのは、窮地に陥った際、実際どう切り抜けるかという事ではないかという事だった。
そこで、二人は色々な想定を考え話し合い、その一つが、ハニートラップにかかった際、誰にも気づかれずに、如何にして、お互い相手に伝えるか。そしてどう動くか、だった。
しかし、それから何年も経ち、現実にハニートラップにかかったは良いが、この事をあの日決めた言葉で伝えるのは、実際はとても難しかった。伝える前に、彼女がだんだん元気がなくなっていくのは、目に見えてわかっていたし、そもそも、言葉を決めたのはずいぶん前で、エリカが覚えているか定かではなかった。だが、実際、あの時決めた言葉を伝えた日から、彼女は元気になり、決戦の日までにきちんと証拠を掴んできてくれていた。
先ほど、父の名代で来ていた叔父をチラッと見たら、私たちの茶番は織り込み済みのようで、ニヤニヤしていたので、きっと一緒に連れてきた騎士たちに、間者を拘束する指示を出しているだろう。ずいぶん沢山の騎士を連れてくることを知った時は、ビックリしたが、叔父の方でも調べはついていて、私に乗っかる気、満々だったようだ。
こう何事も阿吽の呼吸でできるとは、とても気持ちが良い。
これで、しばらくは東の帝国の動きを止められるし、
弟であるレインハルトに、エリカを取られる心配もない!
とさっきまで、エリカにちゃんと伝わっているのか、気が気ではなかったくせに、ラインハルトは、すっかり安心しきっていた。
二人で愛を確かめ合い、演技だったとはいえ、ずいぶんとエリカに辛い思いをさせてしまったことには違いなく、今後どう彼女を労わろうか考えていた矢先、
「ちょっと待って!そんなはずないわ!私は、エリカ様にいじめられたのよ!」
とシャーロットが叫び、若干お花畑の中にいたラインハルトは、目を覚ましたのだった。
ラインハルトは、自分を取り巻いていた人物達の様子を見てみる。
ジークハルトを始めシャーロットに篭絡されていた男子生徒達は、信じられないという顔をしている。弟のレインハルトは、ニヤニヤしながら、残念!と口パクで伝えてくるし、ミカエルは、既に事のあらましをエリカから聞いていたのだろう、後は自分に任せろと言わんばかりに頷いている。
ラインハルトは、目でミカエルに指示を出すと、ミカエルは、シャーロットの手を引く。その際、ミカエルはシャーロットに何かを、彼女の耳元で囁いていた。彼女は見る間に顔が青くなり、明らかに動揺している様子だった。おそらく、最初から彼女の計画を知っていたとでも、彼女に伝えたのであろう。彼女が動揺しているうちに、ミカエルは外に居る騎士団に引き渡しに、さっさと彼女を連れて会場から出て行った。
ラインハルトは、その様子を最後まで無言で見送ると、エリカの背に回した手に、再び力を入れ、今後の彼らの処遇、東の帝国の対策等を、父や叔父、そしてエリカの祖父とどう進めていくか考え始めるが、途中で止め、この一時は「どうエリカを甘えさせようか」と考える事に専念する事にした。