13、王弟 レーマハント
前国王には、妃は正妃の一人だけだった。
だが、「お手付き」は、何人もいたらしい。
その数あるお手付きの中で、実際に子供が生まれたのは、正妃の侍女をしていた子爵令嬢のレーマハントの母だけだった。子爵令嬢の懐妊が判明した当初の正妃は、自分の侍女にお手付きをした王にも、それに応えた侍女の子爵令嬢にも怒り狂っていたが、そこはやはり正妃に選ばれるだけのご令嬢。
気持ちが落ち着くと現状をきちんと把握し、「国家の為に」とレーマハントにも等しく愛を持って接したのだった。何かと色眼鏡で見られることの多かったレーマハントにとって、正妃の後ろ盾があるのは、王宮内で生きていくには非常に心強かった。
成人したレーマハントは、国王に後継ぎが出来たことを見届けると、レーマハント本人の達ての希望により、さっさと臣下に下り、一代限りの公爵として兄である国王を支えることに徹しているが、実母は、あれから何年も経つというのに、未だに自分の息子を「王の椅子に」と夢を見ている。
しかも、彼女の一族もそれを後押ししているから、始末が悪い。そんな野心が見え透いているから、彼女は側妃になれなかったというのに。
レーマハントは、国王のラーマハントよりも十歳以上若く、社交界では最後の優良独身者と騒がれているが、そんな「家の事情」もあり、本人は一生独身でいるつもりだった。
一生独身でいると決めたのは、レーマハントがずいぶん若い頃で、自分の父親である国王が自分の母親になんと言って甘やかしているのか知らないが、ただただ甘い夢ばかり見ている彼女に代わり、「王家の人間」になるべく、きっちり教育してくれた正妃に、そして、自分の実弟として接してくれた兄ラーマハントに、義理立てした事が大きかった。
そんな彼女の孫であり、そして今や国王となった兄の息子である自分の甥っ子達は、レーマハントにとって、とても可愛かった。そして、彼の許嫁のエリカも、同じように幼少の頃から可愛がっていた。可愛がり過ぎて、家庭教師が教えないような、王家の人間として生きていく為に必要なアレコレを教えていたら、「あまり余計なことを教えるな!」と兄に怒られてしまったことは、今は良い思い出だ。と勝手に思っている。
そんなカワイイ甥っ子が、今日頑張るというので、国王の名代として来ていたレーマハントは、心の中でニヤニヤしながら会場内を観察していると、先ほど、会場に一人で入ってきたエリカに睨まれてしまった。どうやらニヤニヤが外に漏れ出ていたらしい。
このオストワール王国は、確かにこの百年戦争はなく平和だ。しかし、実際はこの間に幾度となく他国と渡り合ってきており、それがただ表に出て来ないだけで、裏では色々と行われていた。そして、今もその一端が見え出ている。
レーマハントの元に、王太子であるラインハルトが婚約者のエリカ以外の令嬢に心を奪われているとの第一報が届いた際、レーマハントは自分の伝手を使い、直ぐにその令嬢の素性を調べた。調べてみたところ、その令嬢は、立派な東の帝国の間者であることが判明。つまり、第一王子ラインハルトは、東の帝国の間者にハニートラップを仕掛けられている真っ最中だった。
様子を見ていると、どうやら王子本人は、最初から気がついていて、分かっている上でハニートラップに乗っかって、間者とその一味を炙りだそうとしてはいるが、3年かけてじっくり将来の自分の手駒を増やそうとのんびりしているうちに、ハニートラップが始まってしまい、使える手駒が少なく、ずいぶん四苦八苦しているようだった。
おまけに、その間者の仲間が四六時中、ラインハルトの周りを見張っているらしく、絶対的に信頼のおける許嫁のエリカにも、なかなか状況を伝えられずにいたのだった。
ハニートラップに乗る前に、ちゃんと準備していなかった甥っ子の甘さに、「まだまだだな」と王族の先輩として思いつつ、叔父としては、カワイイ甥っ子の初陣をにやにやと、静観していたのだった。
最後まで手を差し伸べないという選択肢もレーマハントにはあったが、さすがに国家の安全保障に関わる事なので、可愛い甥っ子達の為にも、最後は自分も一肌脱ぐことにし、近くにいた自分の忠臣にそっと耳打ちをする。