6 夜泣き石で出会った少女
そういえば……。もう一か所、調査を担当した、夜泣き石でのことも思い出した。石の幅や高さなどをメモした紙をなくしてしまい、別の日の昼間(夜に行く勇気はとてもなかった)に一人で測りに行ったときのこと。石の後ろから、すすり泣きのような音が聞こえてきたのである。まさか……ほんとに……この石は泣くのか! それも、こんな真昼間に!
頭が真っ白になり、鉛筆もノートも手から落とした。怖くて怖くて、思い切り声に出して叫びたいのに、実際に声なんか出ないし、動くこともできなかった。伝説だと、泣き声は、生んだ子が病気で死んでしまった母親の悲しみの叫びだという。
けれど、しばらく立ちすくんでいるうち、それが鼻をすすっている音だということがはっきりしてきた。
正気がつま先から徐々に戻ってきた。どうにか身体を動かせるようになった私は、そうっと、石の裏側へまわった。石は幅が三メートルもあり、高さは二メートル。大丈夫、そうっとのぞき込めば、私の姿は向こうには見えない。
いつでも逃げ出せるように、片方の足は残しておいて、大またで一歩、裏へ近づいた。おそるおそる覗いてみると、女の子が心細そうに石によりかかって肩を落としていた。
やっぱり。石が泣いてるんじゃなかった。私は心底ほっとして、「どうしたの?」と声をかけた。顔をあげた女の子は、私くらいの年齢だろうか。髪をおさげにし、白いブラウスに、花柄のミニスカートをはいていた。全体的に古めかしい。うるんだ目を手でこすって、女の子は「迷っちゃって」と、ぽつりとこたえた。
「うち、どこ?」
このへんには明るくないから、知ってる場所だったらいいな、と私は思った。
「…わかんない。引っ越してきたばっかりで……。大きな道で……三つ又になっているところ」
女の子は一生懸命思い出している。三つ又になっている大きな道。それはたぶん、いわくの三叉路だ。
「森に近い道?」
「うん」
やっぱり、あの三叉路だ。でも、この場所からはかなり遠い。迷ったからって、こんなに遠くまで歩いてこれるだろうか。まあ、いい。三叉路のある大通りは夜泣き石のある地区まで伸びている。大通りをたどっていけば戻れる。
女の子は中二で、私と同じだった。道に迷うなんて子どもみたいで恥ずかしい……と言ったが、東京から、お父さんの転勤で来たということなので、迷っても仕方がないよと私は答えた。泣いてるところを私に見られたこともたぶん気にしているはず。私はそのことにはふれないようにした。
女の子は三叉路のそばの借家に三日前に引っ越してきた。町のことを早く覚えたくて散歩に出たものの、ふっと、感覚がおかしくなって気づいたら知らない場所、つまり夜泣き石のところにいたんだって。
「あそこが三叉路だよ」
やっと見えてきた三叉路を私が指さし、女の子を振り返ると、女の子の姿は消えていた。周りを探してみたが、いない。まあ、ここまでくればもうわかるだろう。家が見えたので帰ってしまったのかもしれない。転校生なら、ちかじか学校で会えるだろうし。
無事帰れたはずだが、その後、学校には転校生は一人もこなかった。私立の中学に行ったのかもしれない。けれど、今は、あの女の子は、時空のひずみに入り込んでしまったのではないかということがわかった。
お地蔵様はさっきからずっと目を閉じて黙っている。
今まで、道ばたにお地蔵様があっても、気にすることなく、さっさと通り過ぎてしまってた。ただそこにあるだけだと考えてた。でも、見えないところで、自分は守られていたんだね。お地蔵様は、気に留めてもらえても、もらえなくても、毎日お仕事されていて……。申し訳ない気持ちと、ありがたい気持ちがわいてくる。私はますます、お地蔵様の願いをかなえてあげなくては、と思い、
「私、なんとかしてお地蔵様を、いわくの三叉路に戻せるよう、がんばります」
と元気よく言った。それほど苦労せずやれると、そのときはたかをくくっていたのだ。