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2 わが町の七不思議

 どの地域にも七不思議というものがある。去年の文化祭で、ミステリー研究同好会は「わが町・園遠矢市(そのとおやし)の七不思議」として調査発表した。園遠矢市は盆地で、それほど広い面積ではないが、町の北西にそびえる根津治山(ねづちさん)が昔から信仰され、全国から多くの参詣者がやってきた。そのため、今に伝わる民話や伝説がけっこうある。七不思議もそのひとつだ。私は自分の住む町に七不思議があることが、とても誇らしい。どんな七不思議かというと。


ひとつめ。水が絶対に枯れない井戸。これは、根津治山が関係している。この山は火防の神が住むといわれ、火事を防ぐご利益のある根津治神社(ねづちじんじゃ)がたっている。


ふたつめ。空腹地蔵。このお地蔵様の口にさわると、食べ物に困らないといわれている。食べ物に困らないなら、満腹地蔵という名前のほうがいいと思うのだけど、なぜか空腹地蔵と呼ばれていて、いつもたくさんの食べ物が供えれられている。


みっつめ。夜泣き石。夜に泣く石は全国のあちこちにあって、わが町にもやっぱりあった。


よっつめ。潮騒(しおさい)洞窟(どうくつ)。十メートルほどしか奥行きがない、小さな洞窟だ。この町は内陸部に位置する盆地で、海とつながっている場所はひとつもないが、この洞窟にはいると、なぜか、波の音が聞こえるという。


いつつめ。見知らぬトンネル。根津治山の北側に掘られたトンネルだが、貫通しないまま放置されてしまった。根津治山への近道が目的だったのだが、自分の声がまったく別の人の声に聞こえると、作業員たちが騒ぎ始め、根津治山のたたりだと恐れたため、工事は中断してしまったとか。今でも、自分の声ではない声が聞こえるという。


むっつめ。迷いの森。根津治山のふところに広がる、一度入ったら出られないという、うっそうとした深い森(樹海(じゅかい)のようなものね)。


ななつめ。いわくの三叉路(さんさろ)。迷いの森から、夜泣き石へと、斜めに横切る大通りの途中にある。この大通りによって、町を北遠矢(きたとおや)(北部)と南遠矢(みなみとおや)(南部)に分断される。見通しがよいのになぜか事故が多い。また、神隠しの話もたくさん残っている。


去年ミステリー研究同好会が行なった、これら七不思議調査は、グループで分担した。私は自分が担当していない場所も見たくて、自由時間をひねりだして、訪ねていった。その日は水が減らない井戸に行った。町の東のはずれ、神社の中にある。うちからはバスで三十分くらいかかるので、おこづかい節約のため、自転車で行った。


町外れにはまだ田んぼや畑が残っていて、日本昔話の世界が味わえる。こういうところを走っていると、昔から伝わる伝説や民話が、まったくの作り話ではないと思える。土がコンクリートで固められ、ビルばかり立ち並ぶ町並みから、これから先、民話や伝説は生まれるのだろうか。謎と言えば、詐欺や殺人事件のことばかりで、顔をしかめたくなる。なにかがこわれかけている……こころが枯れているといえばいいのだろうか。今から行く、枯れない井戸が、一人一人の心の中にあればいいのに。


神社に到着。井戸は、昔ながらのつるべ井戸で、屋根がかけられていた。木の蓋がしてあり、しっかり鍵がかかっている。中をのぞいてみたかったので、宮司(ぐうじ)さんに頼んで鍵を開けてもらった(文化祭で取材を体験しているので、頼むのもなれたものだ)。宮司さんはミステリー研究同好会のことを覚えていてくれて、気持ちよく鍵を開けてくれた。


井戸は思った以上に深く、奥は真っ暗で、目をいくらこらしても何も見えなかった。小石を落としてみると、十秒数えたあたりで、小さく、ぽちゃん、と音が響いた。水は、ちゃんとあるし、量もたっぷりあるようだった。この井戸は、日照りのときでも一度も枯れたことがないという。研究発表にあった、宮司さんの証言は今も忘れていない。


――万が一火事が起きても、火を消すための水がなくならないように、根津治山の神様が守ってくださっているのですよ。実際、この町では火事の件数が少なく、起きても一大事にはいたっていないのです。統計が取られていないので、根拠を出すことはできませんが、人びとはこれまでのことを振り返ってそう言っています、自信を持って――


 私はほんの十四年しか生きて来てないけど、この町で、火事のニュースがあったという話は、確かに聞いたことがないな、と思う。私の両親に聞いても、そういえば、火事って今までないわねえ、って言っていた。


立ち去り際、私は宮司さんにこう尋ねられた。

「あなたは、根津治の神が、枯れない井戸に関わっていると思いますか」

 宮司さんは、今どきの若い人(私はこの言葉が嫌いだが)がそんな伝説を信じるのかどうか、知りたかったのだろう。たとえ信じません、と言っても、正直な気持ちとして理解するのだろう。宮司さんはおだやかな笑顔を浮かべていた。

「私は……根拠のない話でも、人びとの間でそう信じられてきたのなら、自分もそう信じたいと思います。私……否定するほど頭よくないし、語り継がれてきたことっていうのは、なにか意味があると思うから」

 私がそう言うと、宮司さんはやさしい表情を浮かべ、「またいつでもいらっしゃい」と言って、ゆっくりと戻っていった。


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