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1 ミステリー研究同好会の紅一点

 世界の七不思議(ななふしぎ)、全部言える? もちろん! ギザの大ピラミッドでしょ。バビロンの空中庭園でしょ。エフェソスのアルテミス神殿。オリンピアのゼウス像。ハリカルナッソスのマウソロス霊廟(れいびょう)。ロードス島の巨像。アレクサンドリアの大灯台。


 この中で、現在も残っているのは、ギザの大ピラミッドただひとつ。七不思議すべてをこの目で見たいという私の夢が決してかなわないと知ったときのショックといったら! ないものがいつまでも七不思議に入っているのって、空腹なときに幻のごちそうを見せつけられているのと同じなんだ、私にとっては。


 だから、現代の新・七不思議があるってわかって、とたんに生き返った! チチェン・イッツァのピラミッド(メキシコ)。イエス・キリストブラジル。万里の長城(中国)。マチュ・ピチュ(ペルー)。ぺトラ(ヨルダン)。コロッセオ(イタリア)。タージ・マハル(インド)。


あれー、どうして私が()すモアイ像やナスカの地上絵が入っていないのー。なんだか悔しいけど、選考メンバーに私が入っていないのだから、仕方がない。ともかく、この七つは、遠い国にあるとはいえ、実在する。まだ、ひとつとして行ったことはないけれど、いつか――死ぬまでの間に、全部を見に行くつもりだ(もちろんモアイ像も、ナスカの地上絵もね)。


私は不思議な現象やモノが、何より好き。神秘とか、謎とか、伝説とか、人間が太刀打ちできない事柄(ことがら)解明(かいめい)できない事柄に、ぞくぞくする。行って、確かめてみたくなる。確かめて――そのあと何かしたいのかと言われると、特に何もないのだけれど。ただ、そういう不思議さにふれたい。ファンタジーもいいけれど……しょせんは空想の世界。私には、現実に存在する不思議こそが、魅力的(みりょくてき)なのだ。


 もっとも、七不思議の「不思議(英語のwonder)」の意味は、「不可思議」とか「(なぞ)めいている」とかじゃなくて、「目を見張るような、たいへん驚くべき」だそうだ。つまり、七つの驚くべき建造物、ということ。それでも、神秘的で、謎めいたミステリーの匂いがぷんぷんするじゃないですか。「不思議」って訳した日本人が誰か知らないけど、きっと私と同じように、ぞくぞくしたんだと思うんだよね。


 私は、佐々木憬衣(ささきけい)。木下中学校の二年生。ミステリー研究同好会所属だ。うちの中学は、生徒全員が、何かの部活に所属しなければならないという規則がある。子どもの非行予防のためだって。みんな、中学校に行ったらどの部に入ろうと、期待や夢を持って入学するんだけど、私の場合は違ったの。


両親が共働きで、帰る時間も休みも不規則でまったくあてにならないこともあるし、妹がまだ小学校の低学年で面倒をみなきゃいけない。だから、親の手伝いが必要だったり、試合だの発表会だの、活発な活動をしている部活はいやだった。でも、本音は――一番の理由を白状すると、私がぐうたらな性格だってこと。スポーツに熱くなるとか、音楽に打ち込むとか、そういう情熱が私にはどうも欠けているのだ。私が夢中になれるものといったら、謎めいた不思議くらい。そんなものが、部活動として成り立つわけはない……と思っていたら、ミステリー研究同好会を見つけたのだった。


二年前から新しくできた同好会で、部に昇格するにはまだまだ小さかった。メンバーは十人もおらず、集まるのは週に一度で、文化祭に研究を発表して終わり。私はそこも気に入った。つまんないじゃん、って、友だちにさんざんばかにされたけど。


私が中一のとき、三年の先輩は六人ほどいたが、卒業してしまい、今のメンバーはわずか五人。三年生は山本先輩一人で、二年は私と、津島都望季(つしまともき)沼田成俊(ぬまたなるとし)の三人で、クラスは別々。一年は周藤(すどう)君一人。五人のうち、女子は私一人だ。


よくやってるね、と友だちから言われるけれど、毎日顔を合わせるわけでもないし、私は女扱いされていないようだし、女子の陰湿ないじめにまきこまれる心配もない。気楽で、私はとても気に入っている。変わり者が集まる同好会と陰口たたかれるだけあって、メンバーは確かに個性的(・・・)ではある。もちろん、私も――だろう。自覚しているって、大事でしょ。


山本先輩は、探偵小説(特にイギリスの。シャーロックホームズとか、ポアロとか)が大好きだったのでこの同好会に入った。沼田君と周藤君は、オカルト。幽霊(ゆうれい)とか心霊現象(しんれいげんしょう)とか、殺人事件とかに、それは詳しい。私の好きな「不思議」とはまったく違う「不思議」のほう。私は人が死んだり血が流れたり、恨みつらみ、といった話はだめ。根は怖がりなのだ。


津島君は津島君で、またちょっと異質。彼は、ミステリーというよりも遺跡に興味がある。どちらかというと考古学ね。小学校のときは野球少年だったときくが、肩を痛めて激しい運動ができなくなったらしい。しょうがないからここにいるのか、あるいは私のようにそれなりに楽しんでやっているのか、まったくわからない。


津島君は、背が高くてスポーツマン体型で、ちょっとばかりイケメン。ただ、無口だ。同好会で一年ちかく一緒にいても、私が彼としゃべったのは、数えるほどだ。しゃべった、というより、必要な言葉を交わした、という程度で、余計なことは話さない。私だけじゃなくて、他のメンバーに対してもおんなじだ。もっとも、沼田君はうんざりするほどおしゃべりだから、私よりは津島君と話している(返答された?)数は多いだろう。


以前、二人の会話を耳にしたことがある。沼田君がギザのピラミッドの話を持ち出して(もちろん、沼田君が一方的にしゃべっていた)、そこから世界の七不思議の話になった。


「七不思議、七不思議ってよく聞くけどさ、ピラミッドと空中庭園と……それくらいしか、おれ、わかんねえや。七つとも知ってるやつなんていないよな。だったら七不思議なんて意味ねえよなー」


 そりゃ、血なまぐさいことにしか興味のない沼田にはわからないわよ。私が心の中でつぶやいたとき、なんと津島君がすらすらと残りの五つを言ってのけたのだ。知ってるのは当然だろ、と言わんばかりに。沼田君は一瞬あっけにとられ、そのあと興奮気味に言った。

「すっげー! なんで知ってんの? 興味あるんだ? あ、そーか、お前、考古学者目指してるんだったっけな…。まさか、全部行ったことあるとか? いやー、さすがだねえー」


 沼田君は一人でしゃべりまくっている。行ったことあるか、なんて、沼田君ってほんとバカなんだから。残ってるのはピラミッドだけなのよ。津島君も正してあげればいいのに、涼しい顔して黙ってる。まあ、それはいつものスタイルだけどさ。


 それにしても、七不思議を全部わかってる人が私以外にもいたなんて、津島君を見る目が変わったよ。きっと、新・世界の七不思議も知ってるに違いない。考古学者になりたいのかあ……。納得できる将来の夢。七不思議に選ばれた遺跡にもきっと行きたいと思っているだろう。ただ行きたいだけの私とは、視点も、行ったあとどうしたいかも、きっと違うだろうな。


でもね、でも本当は私も、行きたいって気持ちだけじゃあないのよ。考古学には興味を持っているの。あ!言っちゃった。興味があるってだけだから、誰にも言わずに、心のうちにしまっていたの。今日、津島君と私に発見した小さな共通点。いや、私にとっては大きな共通点だ。その日から、津島君は気になる存在になってしまったのだから。みじかにいる、不思議な存在。


気にはなるけど、好きってわけじゃない。津島君はあのとおりイケメンの類に入るから、無口であっても、ぶっきらぼうであっても、もてる。けど、バレンタインのチョコも一切受け取らないし、告白されても必ず断っているそうだ。女の子に興味がないみたい、いや、女嫌いなんだ。なんて、いろいろささやかれている。そういう話を聞くとよけい、同好会とは関係のないことを津島君に話す勇気が出ない。

けれど、私は話しかけなければならないのだ。あることを頼むために。


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