86
そういえば、「本を持っていなければ、私の事を好きか分からなくなる」とはどういう意味だったのだろう。
先程のギルベルト様はとても不安そうな表情をしていた。
何か引っかかるものがあるなと考えながら歩みを進めていると、誰かの声が聞こえてきた。
『そっちへ行ってはだめですよ』
「……え?」
後ろから聞こえてきた気がしたので振り返ると、誰もいない廊下が続いていた。気のせいかと思いまた歩き出すと
『いけません。せめてララを待つのです』
「……あれ」
そう言えば学園の侍女の方が自分を呼びに来てから姿を見ていないなと思った。普段であれば当たり前のように後ろについてくるはずなのに。少し不安になり一旦自分の部屋に戻ると、ララが慌てたように飛んできた。
「レティシア様!良かった、急に姿が見えなくなったので心配致しました」
「あれ?学園の侍女の人が学園長が呼んでるって……聞いてない……?」
「先程すれ違いましたがそんな事は一言も……」
私たちは顔を見合わせると察したかのように押し黙った。
「また追放かな」
「……今回は付き添います」
ただ、今回は相手が悪いことが1番厄介であると分かっていた。
学園長は好意的なあいてだと思っていたが、一体何を言われるのだろう。
ただ出ていくように言われただけでは現在情緒が不安定とは言え、いつかギルベルト様が迎えに来れてしまう。
例えば魔力を消されたり、探知出来なくさせたり、そんな魔法をかけられてしまう可能性もある。
「記憶消される魔法されたりして……」
「ああ、ではこれを」
「ん???」
ララが手渡してきたのはアメジストだった。
これは魔法石らしく、ギルベルト様の魔力がかかっているらしい。発動の際は、私の魔力を媒体として魔法が展開し、外部からの攻撃を守ってくれるとのこと。
「実はアスティア様とお話しされる際に渡されていたのですが、今は時ではないと思い渡さなかったのです」
でも、あの時も隣町へ連れ去られたよね。というコメントは口の中で飲み込んだ。
確かにギルベルト様がすぐに助けに入れる状態であったし今思えばこれから対決する相手よりは遥かに弱小な相手だった気もしてくる。
「なるほど?」
「ええ、ですから今お渡し致します」
ただその判断をするのはララではなくギルベルト様ではないのかなと思うが、私は考える事をやめた。
ララなど侍女達を含め、ギルベルト様の実家ザヘメンド家は複雑な事情が多くありそうだからだ。
あんなに辺境伯様は婚約を反対していたのに、ここまですんなり自分と婚約が進むなんて普通はあり得ない。それにララへのギルベルト様の態度はかなり気を使っているようにも感じるのだ。
恐らくそこには、ギルベルト様の母、アナリアが関わってくるとは思うのだがそこまで他人の家に口を出す事は憚られる。
私は威を決してアメジストがついたネックレスを首から下げ、服の中に入れると、アメジストと触れた部分がじんわりと暖かかった。
まるで、ギルベルト様に守られているようだ。
「さて、学園長の場所へ向かいますか」
こうして私は考え事をしながら歩いたため。先程聞こえてきた声のことをすっかり忘れてしまったのである。
お読みいただきありがとうございます!




