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ギルベルトは前から感じてはいたが自分の中の人物は、レティシアの中の人物に恋い焦がれているように思う。
まるで片思いのその感情に、自分の気持ちが共鳴したかのような気分になったのだ。
無理やりにでも自分のものにしたいと叫び、そして一切興味が無いように対応する彼女に嘆く。
陛下が話したあの唄によれば、聖女とは元の姫が嫁ぐ先だった国の姫のことだ。
もしかすると、そちらの国に想い人がいたのかもしれない。
どちらにしろ、入れ替わった事で結局お互いの行く場所へと来てしまったのだから。
その場所にいく『運命』にあったのだろう。
そして、聖女は勇者と結婚を……。
「…………結婚か…」
どの物語にも、聖女と勇者は想い合い、結婚をしたとされている。
その全ての物語の気持ちの部分に間違いはあったとしても結婚の部分が間違う事はないだろう。恐らく過去、確実に2人は結婚をした。
そして、よく考えれば自分の中の人間は、結婚をした相手が自分の事を向かないからと嘆くような人間には思えない。
無理にでも押し倒してしまえばよいと考える人間が、彼女の名前を呼び、その微笑みに嘆くなんて今の中の彼からは考えることはできなかった。
万が一結婚ができなかったのであれば、悔しいとは思うにしろ《嘆き悲しむ》ことはないだろう。
『今回は、どちらだろうね』
ふと、そんな声が蘇った。
そう言えばエルフのレントリュースという者にそんな事を言われた事があったと思い出す。
今回は、というのはどれに向けての発言だったのだろうか。
突然、どんどんと扉を叩く音が響いた。
外からは誰かの叫び声も聞こえてくる。
何か事件でも起きたのだろうか。
ギルベルトがすっと立ち上がるとレティシアが自分の服を掴んでいる事に気がついた。
「レティ、ごめんね。すぐに戻るから」
「………なさい」
「………どうしたの」
「ごめん、なさい……アギィ…」
再び流れた涙を指で拭ってあげると、レティシアは再び意識を落としてしまった。
いや、彼女は…。
そして。
「アギィ……」
『アギィトス・ラクスタファル』
ギルベルトの記憶が正しければ、物語などで魔王が人間界に来たときに使われる偽名だったはずである。
はぁ、とため息をついたギルベルトは、ひとまずは外の魔獣を倒さねばならないと考え、今浮上した問題を頭の奥に押しやった。
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