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その瞬間、明らかにレティシアの様子が変わった。
それは、拒絶。
「レ…」
苦しげに歪んだ顔を両手で包み込み、何かから逃げるような仕草に思わず足が動いていた。
あれは、もしかして。
「どうして……私は、どうして、ここに……」
「レティ!!!」
大粒の涙を流しながら急に座り込んだレティシアに周りはとても驚いているようだった。先ほどまで嫌そうにはしているものの、倒れるほどの何かを抱えているとは思えなかったからなのだろう。
ギルベルトは倒れ込む直前でレティシアを支えると何回か名前を呼びかける。だが彼女は完全に気を失ったらしく、重くなった体を完全にギルベルトに預けていた。
「…どうされました」
「いや……恐らく緊張していたんだろう。確かもう少し行った場所に小屋があったから、そこで休ませてあげよう」
「は、はぁ」
話しかけた騎士団団長の声には、疑問の色が見えた。
ギルベルトがレティシアを大切そうに抱き上げると、そのままゆっくりと歩き、先ほどまで話していた団員の元へ戻ると先にレティシアを小屋へ届ける旨を伝える。
ギルベルトとレティシアの会話を聞いていたその団員は、突然豹変したレティシアに驚きよりも恐怖を感じているように思えた。
「い、今のは」
「……なんでもない、大丈夫だ」
レティシアを見つめる団員は、恐怖の中に心配する素振りがある。もしかしたら彼はレティシアの事を悪く思わない人物の可能性があるなとギルベルトは感じた。
「名前は」
「は?」
「名前をもう一度聞いても?」
「名前は、ロイですが」
「ロイ、心配してくれてありがとう」
「……いえ!その、」
「『運命のパートナー』も、大変という事だよ」
意味ありげな言葉を残して小屋へと向かった。
これで、少なくとも自分たちは『運命のパートナー』と何かしらの関わりがあるのではないかと思ってくれる人物が増えればよい。というギルベルトの思考は僅かに騎士団の中で広まる事となる。
ギルベルトがその小屋に着くと中には誰も居らず、前に来た時同様タオルなどの必要最低限の備品が完備されていた。
魔法で管理されているそれらの備品は、無くなると瞬時に補充される仕様となっているらしい。
どうやら在庫は別の場所で管理されているようだ。
そして、魔力保護もされているこの小屋は、多少魔獣などが押しつぶそうとしても壊れないほど頑丈な作りをしており、魔力などは全て弾いてしまう。
魔獣に殺されそうになってこの小屋に助けられた人物は何人もいると聞いている。
ギルベルトは棚からタオルを取り出すと、ゆっくりとレティシアをベッドへ寝かせ、額に浮かんだ汗を拭いてあげた。
まだ息は僅かに荒い。
ギルベルトはベッドの側に椅子を持ってくると腰掛けて頭に浮かぶ疑惑をまとめることとした。
もしかするとレティシアも、誰かの声が聞こえたのではないだろうか。
その声の主がレティシアに現れて、あのような拒絶を見せたのではないか。
様々な憶測がギルベルトの中で巡っていた。
少し焦りを感じる。
レティシアまで『あのような』声が聞こえて来たのであれば、お互いに自らの意識を維持するという事が難しい可能性がある。
自分の抑えが効いているのはレティシアが自ら意思を保ち、自分の中で起きた感情をはっきりと伝えてくれると知っているからだ。
しかしこれではっきりと理解した事があった。
レティシアの中の人物は、自分の中の人物の事を好いていない事、である。
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