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「…………はぁぁぁぁ」
「レティ、ここまで来たら諦めなければダメだと思うよ」
「頭では理解しております、心が諦め切れていないのです」
陛下は昔から王族のみに伝わる『聖女』という名の唄を歌い、「私にはよく分からないが、恐らくお前たちには役立つ内容なのだろう。なんせ昨日夢に前王が出てきてこれを伝えるように言ってきたからな」と言いながら楽しそうに帰っていった。
「陛下にも夢に特殊な能力を持つ」と、ギルベルト様が言っていたので多分『聖女』という唄は本当に貴重な物、なんだろう。
そして、『聖女』は過去に現実に起きた出来事なのだろう……。
唄に気を取られ、数日、気がつけば森に立っていた。
この森は普段、魔獣が出るから近づかないようにとお達しが出ている場所だったはずだ。
そのお達しが出た時は、へぇ、そうなんだ。程度の認識しかなかった。何故なら、当たり前のようにその場所に近づこうなど考えないと、分かっていたからである。
今、私の世界は天と地がひっくり返っているので、ここに居るのは間違っていないのかもしれない。
「早く終わらせて帰りたいです」
「キスする?」
「良いんですか?意思が無くなるんでは?」
「……してくれるの?」
「しないですけど」
ギルベルト様が顔をしかめて私を見つめてくる。
やばいと思ったが少し遅かったようだ。
陛下の話した後、あまり会話する時間も無かったので忘れていたが、最近はこの関連のからかいは彼を不機嫌にさせるのだ。
これは、ちょっとまずい。
「レティ……最近またギルと呼んでくれていないね」
「う……だって、この間は殿下の前でしたし」
「あの日からまた戻ったよね」
「でも、私なんかが…!」
私なんか、と言葉を漏らしたとき、ギルベルト様の顔が目の前にあった。急に近づいた美丈夫な顔に少し顔に熱が集まるのを感じる。
「ふお」
「なんか?」
「え?」
「レティ、黙っていようと思ったけど私はレティと結婚するつもりだからね」
「………!?」
彼はそのまま顔は近づいて私の瞼にキスをした。
「………」
「決めたのは、私の意思だよ。ギルベルト・ファン・ザヘメンドとして告げる。後日、正式に伝えるから覚悟するように」
誰かに呼ばれ、去っていくギルベルト様の姿を私は唖然とした表情で見送る事しかできなかった。
今、一体何が起こった?
確かに最近、ギル様と呼ばなくなり、何も言われないので密かに戻そうとしていた事は確かだが、そこから結婚に繋がったのは何故だ。
いや、結婚するつもりと言っていた。
婚約者の件は考えなくてもいいと思っていたのに急な展開過ぎて意味が分からない。
それも、ギルベルト様の意思?
そんなの、ギルベルト様が本当に私の事を好きみたいでは無いか。
「…………え?」
再びギルベルト様が去った方向を見ると目が合った。
ふわりと微笑むその表情に、初めて出会った時のゾワリとした感覚が体を巡る。
ぱっと目を晒すと自分の心臓がもの凄い速さで脈を打っている事が分かった。
何もしていないのに、不自然に息が上がる。
「………いや」
頭が上手く、回らない。
最近そんな事ばっかりだ。
私は平民なんだから、私が、どうしてこんな目に……。
「どうして……私は、どうして、ここに……」
「レティ!!!」
目からは大粒の涙が止まらず、頭は霧がかかったようにくぐもっていた。
まるで、私の体では無いみたいだ。
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