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「よく来たな」
その言葉だけで何故か平伏したい気持ちになった。
昨日のは練習とは一体なんだったのかと思うほどの緊張と冷や汗が滝水の如く流れている。
必要以上に取られた天井も、何百人と入れそうな煌びやかなフロアも、私には初体験であり久々に履いたヒールのかかとが痛いなど最早どうでも良い事であった。
ギルベルト様に急遽用意してもらったドレスは重い上にコルセットなど息切れ必須である。
「偉大なる国王陛下におかれましても、輝かしい姿を拝謁する事ができ至極光栄にございます」
「そのような言葉はよい、顔を上げよ」
普通であれば1分位下げているものだ。
引きつる笑顔も下を向いていればバレないなどと思っていたのに即上げなければならないなんて聞いていない。
ギギギと音がしていそうだと思うほど私はぎこちなく体を起こすと、真っ直ぐに陛下に顔を向ける。
一応隣にいるギルベルト様は至って普通のように「ありがたきお言葉」などと言いながら頭を上げていた。
なるほど、作法的にはそう言ったほうがよかったのか、なんて、きっともう遅いのだがら仕方がない。
なるべく口を開かないで帰るという目論見のため、私は大人しい平民の娘として振る舞うのが吉である。
「クリスチャードからは聞いておる。そこの娘、名を名乗る事を許可する」
「う、わ、な、名を名乗る許可を頂きこ、光栄に思います陛下。わ、私は平民のレティシアと申します」
「ふむ、レティシア。ギルベルトのパートナーだそうだな」
「は、はい、そうでございます」
「はは、そんな緊張せずともよい」
そんな無茶な話はない。
名乗る時も始めの文言を忘れかけるわ常に頭が真っ白とはこういう事かと初体験の連続ですでに疲れ果てている。
今きっと私は世界に置いていかれている可能性もあるなんて変なことばかり考えてしまうことも止められない。
きっとこれ以上の問答は寿命が縮んでしまうことだろう。
「陛下、レティシアは昨日からずっと緊張しておりますので質問は是非私に……」
「なに、常に話ができるギルベルトと話すよりもこの、小動物のように可愛げのある娘と話す方が良いに決まっておるだろう、公式の場でもないのに。なぁカロル」
「…………陛下……」
宰相と説明を受けた人物に振り返り話しかける姿に、つい口が開いてしまった。
確かにこの場は公式のものではない。
目の前には陛下と2人の騎士、近くに宰相はいるがそれ以上のお偉方はおらず、フロアの周りにも数人騎士が立っているだけである。
殿下も来たがっていたが仕事があるとの事で無理だったようだ。
それにしても、陛下のその砕けた話し方に私は頭が殴られたような衝撃が走っていた。
あれか、私が小動物だから問題ないと思ったのか。
私がフリーズしていると、ギルベルト様が背中をポンと叩いてくれた。そして
「レティシア、大丈夫だ。今回は非公式、陛下は公式の場所以外は気安い方だと言ったのは合っていただろう?」
そんな言葉をかけてくださる。
しかし私はどうしても頭のパニックが収まらずしどろもどろになってしまうのだ。いつもならまだマシに頭が働くのだろうが、今はまるで上手い言葉が出てはこない。
「え、あ、はい。いやでも」
「ははは!これは可愛い小動物を捕まえたものだな、ギルベルト」
「陛下、もう少し改めて頂きたく」
「いやはや、お前に合いそうな娘で良かった」
「それは…大変ありがとうございます」
ギルベルト様が手を胸に当てて頭を下げたので私もスカートを摘んで頭を下げた。
私もお礼を言った方が良いのか定かではなく、取り敢えず姿だけでもとついていく。
「さて、本題に移ろう。当たり前だがここに呼び出したには理由がある。勿論ギルベルトのパートナーを一目見たかった。という事も理由の一部ではあるが、正式には違う」
頭を下げたまま言葉を聞いていると、すっと頭上に影がかかる。
「2人には、魔獣討伐に向かってもらうこととなった」
その言葉に、私は遂に気が遠くなった。
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