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ギルベルトの母であるアナリアはとても楽しそうな顔をしてお茶を飲み始めた。
その目の奥は、当たり前のように笑ってはいない。
「楽しいわ、だってあれほど言っていたのにこんな状況にするなんて、貴方は本当に天才ね?」
自分はどうやら天才らしい。
と、ギルベルトは心にもない言葉を頭の中で繰り返す。
母が良くやるこの煽りは、本当に何も言い返すことはできない。今回に限り、自分はレティシアの事はとても大切にしてきたと言い張りたいところではあるのだが。
「申し訳ありません」
「あら?何を謝っているのかしら、ふふ、こんな演出までしてくれて、どうするのかしらと思っているだけだわ」
パシリと扇を閉じたアナリアは周りから美しいく麗しいなどと言われている素晴らしい満面の笑みを浮かべていた。
前から思っていたが、レティシアをパートナーとしてからより感じる恐怖。
どれだけ大きく強い魔物を前にした時にも感じない、心の奥が震え、逆らってはいけないという本能。
一体母は何者なのか。
「これ、差し上げるわ」
「………」
アナリアが差し出してきたのは薄い本である。
礼を言って受け取り中身を開くと、そこには2人の名前が記載されていた。
「これは…もしかして、『黄金のスター』を出すペアについてでしょうか」
「まぁ!貴方の頭も1ミリ位は動くみたいね、おめでとう、正解よ」
「…………」
流石にここまで馬鹿にされるのは少し不快な気分にはなる。
しかし目の前の彼女からは僅かに怒りを含んだ空気が漂っているために口を開く事はしなかった。
ありがたくその情報に目を通す。
「夢に出てきたのはその魔法陣を使用するペアと、そのペアが魔族の中でも強力な赤のドラゴンを倒す瞬間よ」
「ドラゴンを?しかしドラゴンは」
「ええ、人間よりも遥かに高い知能を持つドラゴンを倒す事は不可能ではなく無理に近い。寧ろ、協力関係にあるドラゴンを倒すなんて言語道断だわ」
こんな場合何と言葉にしたらよいのだろうか。
最早《頭痛が痛い》とでも言おうか。
現在、精神的には自分の事で精一杯であり、溜め込んだ生徒会の仕事に進学に必要な勉強、そして魔物の討伐依頼も昨日来ていた。
その状況で黄金のスターを出すペアが出てきた事に対しても疲弊しているにも関わらず、そのペアは万が一討伐してしまえば世界の魔力バランスを壊すと言われているドラゴンを倒すという。
ギルベルトは母からの言葉に絶句していた。
何に対して絶句しているのかは分からないが、言うならば『全て』で良いかもしれない。
「とりあえずペアに接触してみます」
「ええ、そうして頂戴」
「あと、あの馬鹿が進めている件については私が回収するわ。あんな頭が空っぽの令嬢なんていりませんからね」
「……ありがとうございます」
急に出されたその言葉には固有名詞は出てこなかった。
しかしギルベルトはすぐに内容を理解できてしまった。
婚約の事に関してはこの目の前の人物が何とかしてくれるらしい、という事を。
これらの言葉を理解した事が良かったのか、アナリアの口角は少しだけ上がり、「久々に夕食も共に取りましょうか」という言葉までもらう事ができたのだった。
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