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47-48辺りのお話です。
『この魂は私のものだ』
ゾクリと背筋が凍る瞬間をただの本から感じた事は初めての経験であった。
白いページに残る、赤く歪なその字。
これはもしかすると血で、そして指で書かれた物かもしれない。
手に取ると、その文字は本の中に消えていった。まるで呪いのメッセージのようだ。
パラパラと本を捲ると、これは誰かの……いや、恐らく今まで運命のパートナーだった者たちの日記が記されていた。
「これは……」
「運命のパートナーと言われた者達の日記だ。しかし、全てが異様に思うだろう。後でゆっくり見ると良い」
「貴方は何を、知っているのですか」
「私は、何も知らない。勇者から、その時が来たら渡すよう命じられている」
レントリュースはまるで定型文のような口調でそう告げると、早くフローナを迎えにいくように促してきた。
「今回は、どちらだろうね」
「え……?」
「早くいきなさい。迷惑をかけて悪いがね」
その言葉は、何かを切に願うほど暗く闇を落としていた。
しかし内容まで聞き取る事は出来ず、ただレントリュースにとって自分が賭けの中心にいることは何故か理解ができた。
他のエルフ達も興味があるようにこちらをチラチラと見てきてはいるが、話しかけて来ないのには何か理由がありそうだ。
レントリュースに一旦の別れを告げて宿に戻ると、レティシアが訝しげな顔をしたまま何か悩んでいるようだった。
「あ、おかえりなさいギルベルト様」
「……どうした?何かあったの?」
「……ええ、ありました」
聞いた話しはこれまた異質な内容であり、やはりレティシアと聖女の関係は切り離す事は叶わないのであろう事がはっきりした。
そして、フラワージェという名は先程渡された日記の一部に記載されていた。
彼女はエルフの中でも特に秀でた力を保有し、エルフ界の中ではかなり敬われている存在と。
それなのに意識が急に切れたとなると、誰かしらの介入しかあり得ない。
「やはり、関係がありそうだな……それに、フラワージェ殿の意識が途絶えたことも、誰かが関与してそうだ」
「はぁー!確かにそうですね。なんか、来るべくして来たようで、納得いきません」
「同感だよ……」
レティシアの言う通り、今回は仕組まれたような気がしてならない。
それが味方なのか敵なのか……。
そもそも何が味方で敵なのかも分からない状況でどう戦えば良いと言うのだ。
いくら剣の腕が良くとも、敵が見えない状況下では有利に戦う事は不可能であろう。
今の自分の無力さにただため息をつくことしか叶わない。
一先ずはこのフローナさんをギルドに戻してその際に何か情報を得る事にしよう。
善は急げと言うし。
「少し休まないのですか」
「フローナさんが起きる前に返してくるよ」
「なるほど、ありがとうございます」
自分はただ、彼女を幸福に導きたいだけなのに。
そこまで考えてギルベルトは、はっと我に帰った。
今自分が思った『彼女』は、一体誰だった。
頭に浮かんだ、レティシアに似た人物は。
その時に蘇るあの赤い字。
『この魂は私のものだ』
体が僅かに震えている。
無意識に誰かへ自分の意識を渡した感覚。
ダメだ。まだ乗っ取られてなるものか。
まだ、レティシアへ想いを告げていない。
しかし、問題を解決しなければ、レティシアはその言葉を信じる事はないだろう。
念じるように言葉を吐き出した。
「私は、ギルベルトだ。誰にも、渡さない」
ギルベルトはここで初めて意識を固めた。
奪おうとしてくる者が例え勇者であったとしても、決して譲らない所存である。と。
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