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再び彼と対峙するとは思っていたかった私は、無言で彼の視線を受けていた。彼も先ほど女生徒を見つめていた視線と同じように少しだけ微笑みを添えた顔を固定したまま動かない。
しばらくすると彼は降参したように両手を上げて息を吐いた。
「なかなか思うようには動いてくれないね」
「私なんかが普通に対応したら大変ではありませんか」
「ふむ、じゃあそうだな。とりあえずここで何をしていたのか話してあげよう」
「…………」
聞いてはいけないと避けていた内容を1番初めに口を開くとは、もしかしてこれはそこまで重要ではない内容なのか。と身構えていると、彼は手でこちらに来いと示している。
「……え?」
「廊下にずっと立っているのはどうかと思うよ、とりあえず中に入ったら」
そう言われて仕方なく私は薬学室に入った。
中はいつものように、ハーブが強めの薬の匂いが充満している。その中になんとなく薔薇の匂いがするのは、先ほどの女生徒の香りなのか。まぁそんな悠長なことを考えていられるほど今の私は心穏やかではなかった。
「扉は閉めなくていい。ああ、刺激的な事がやりたいなら閉めても……」
「いえ、大丈夫です」
私が断ると彼はふわりと笑って教室の中を見渡した。
部屋の隅に置いていた椅子を持ってくると彼に勧める。
「レティシアは?」
「私は立ってますよ」
「レディだけを立たせていることは出来ないな」
「平民だけ座るわけにもいかないでしょう」
そう言いながら私は調合をしているスペースに向かった。
材料だけ先に用意しておいた物が零れずにいるかをチェックする。どうやら先ほどまでの情事ではそこまで派手に動いていなかったようだ。
薬学室と言ってもこの教室が使われることはほとんどない。
ほんの僅かしか魔力を込められないこの学園の人達は、腕が立つ調合師が作った普通の薬よりも劣化した薬しか作れない事が多い、そのせいで、学園全体が最初から学ばない事を選択したようだ。
私がこの教室を発見した時は既に実験道具にも埃が溜まり長机も椅子も二台ずつしか置いていなかった。
机二台を窓際に置いて道具をならべ調合の練習をした後、椅子をその机の端に置いてたまに外を眺めるのが私の放課後の日常だ。
彼は棚の方に寄りかかり、女生徒と何かしらをしていたようなので道具には触れていなかったらしい。
とりあえず無事な机の上を見て安心した私はため息をつく。
この後の展開は嫌な予感しかない。
そんな事を思っていると、彼は口を開いてこう言った。
「ああ、それではこうしよう」
わざとらしいその口調に目だけそちらを向けると、彼はにこりと目を細めた。
彼が腕を顔の高さまで持ち上げて右に引くと、私の後ろの方から柔らかい風が吹き、何処からか現れた蔦によって簡易的な椅子が完成した。
出来上がった物を確認して彼が普通の椅子に腰掛ける。
「…………」
「さ、そこに腰掛けて」
あまりにも簡単に作成されたそれに、なんとも言えない感情が流れる。
私はその蔦を少し出すことで精一杯の魔力しかない、量も、そのあとの椅子の作成までも全て魔法で一瞬で作られた。しかも顔色1つ変えず、なんなら息をするかのように作っていたのだから私との実力の差は歴然。
「魔力……」
「ん?蔦は嫌だった?それなら別の、」
「いえ、違います。魔力差を感じていただけです」
「まぁ、あまり考えても仕方ないだろう。レティシアは今まで魔力増加の練習をしてこなかったのだろうし」
「あんまり必要ないですからね」
「これからは必要だよ」
また、にこりと笑った彼は組んでいた長い脚を組み直すと手を組んで膝の上に乗せた。
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