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「うう……」
体が重い、まるで誰かに体重を乗せられているかのよう。
そこまで考えた私は背中に回る腕の感覚にパチリと目を開ける。目の前には壁、いやこれは。
「ギ、」
「ああ、おはよう……レティ……」
目の前に居るのがギルベルト様だと分かり、慌てて逃れようとするも、より強く羽交い締めにに合い息すらままならなくなった。できうる限りの力でバシバシと叩くと少しだけ隙間が空く。
「く、くるし」
「ん………?…うわ!!」
ギルベルト様は私の姿を確認すると、急にのけぞってベッドから転げ落ちていった。そして、落ちた時に打ちつけたであろう腰に手を当てて俯いている。
私は苦しかった呼吸が楽になり、ようやく思考がまともに働くようになった。しかし、逆に混乱してしまう。
「え、なんで……?」
どうしてこんな状況になったのか頭が追いつかなかった。昨日は殿下を呼んで、その言葉に腹立って……。
もしかして眠気に耐えきれず寝てしまったのだろうか。
私が驚いたまま固まっていると、ギルベルト様は何故か私の前に膝をついて頭を下げ、ぼそぼそと言葉を漏らし始めた。
「わるい、多分昨日、寝ぼけてて、レティシア抱きしめたまま寝た……と思う」
「何かまた、あの力が作用したんですか?」
「いや……そんな事はない」
「じゃあ何故こうなったんですか」
「……………」
「やはり、私をペットか何かだと思っているとか?」
「それはない」
最後だけは真剣な顔をして私と目を合わせ、断言してきた。
もしかしてペットだと思う事が人に対して馬鹿にしていると気がついたのだろうか。まさにその通りなのだけれど。
すると、真剣な表情を少しだけ曇らせ、ギルベルト様が何か言いたげに視線を彷徨わせ始めた。
まだ彼は膝立ち状態のため、弱気そうな彼からの上向きな視線をチラチラと受け、少しだけ居心地が悪い。
「………ああ、レティ」
「はい」
「ギルって呼んでみてくれないか?」
「…………は?」
唐突にどうしたのか。
何を言われるかと思えば、まるで恋をした男のような発言に私は眩暈がしそうになる。
やはり今例の力が作用して彼をおかしくしてしまっているのではないか。
もしくは昨日のいつも使用しない魔力を酷使したせいで体に影響でも出ているのか。
「やはりなんでもない…」
「ギル」
彼の提案の意味は理解しかねたが、しかし、恐らく何かの意味があっての事だろう。彼は意味のない事は言わない人物のはずだ。
だからこそ意を決して、私は彼の要望通り、彼の愛称を呼んだのだった。
その瞬間、ギルベルト様の顔は一瞬にして真っ赤に染まり、片手を口元に当てて驚いた表情になった。
そしてぎゅっと目を瞑ると拳を作ってぐっと何かを耐えてるようだ。
一体…何をしているんだろう。
「あの」
「……」
「呼んだんですが」
「……良い」
片手は口元に当てたままなので、何を言っているのか聞き取れない。私は眉を潜めてギルベルト様に近づいた。
「あの」
「…なんだ!」
「ギルベルト様は意味の無いことをされないと思っておりますが、一体どんな意味があったのです?」
「い、意味……?ああ…だから、その、今後も呼んで欲しい」
「はぁ、構いませんけど、何故ですか?」
ギルベルト様はきょろきょろと視線を動かした後、私に視線を合わせ、ゆっくりと私を抱きしめた。
それはまるで大切なもののように優しく、包み込むように。
「レティと呼びたいから」
「どういう事ですか?」
「私だけ呼んでるのは嫌だから」
「つまり……」
「それに、あいつは愛称では君を呼ばないんだ……」
『つまり、貴方のわがままですか』と聞こうとした時こぼしたその言葉は、少しだけ苦しそうだったから許したんだと、後になって言い訳しても問題ないような気がした。
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