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薬は期限日の夕方に完成した。
急いでクリスチャード殿下の元へ向かおうとすると、ギルベルト様の制止の後にララが呼んできてくれることとなった。
その後私は調合室の机に突っ伏して動けない状態だ。2日間徹夜し、その間ずっと腕を回し続けたのだ。普段まともに運動していない私はへとへとである。
ギルベルト様には魔力を流し込んで貰っていた。彼の方も慣れない細かな魔力作業に結構疲れているようだ。
椅子に座り込んだまま目を瞑って動かない。
2人とも調合室に篭っていたのでまさか変な噂でも流れていないかとも思ったが、殿下の命によってここにいるのだから問題はないはずである。
そう思っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
私は一応ゆるゆると立ち上がった。
「完成したと聞いた。入っても?」
「はい……」
殿下は調合室の中を見渡しながらゆっくりと入ってきた。
そして、完成した薬を前にしてため息をつく。
「本当にこんなのが効くのか?」
山になった薬の粒から1粒だけつまみ上げ、呆れたような口調でそんな事を言ってきた。
私はすでに力尽きているので反論する余力もない。そんな事を言うためにこの薬を作らせたのだとしたら、私はこの殿下が万が一にでも陛下になった瞬間にこの国を出てやろうとだけ心に決めた。
「なぁ、ギルベルト。やはりこんな平民が考えた薬が効くとは思えないのだが」
「では、使わなければよろしいのでは有りませんか。それは私がもらいましょう」
ギルベルト様が少しだけ苛立った口調で答えると、殿下は意外そうな顔でギルベルト様を見た。
「なるほど、お前も手伝ったのであればまだマシなのかもな」
「私はただ、彼女のいう通りに魔力を流したに過ぎませんが」
「……へぇ、やはりお前、何かしらの魔術でもかかっているんじゃないか?」
その言葉からは、この殿下は私を全く信用していないように感じる。
ギルベルト様のお知り合いだとは思っていたので、少しは対応がましなのかと期待してみれば結果はこれである。
そんなに疑うなら初めから私に頼まなければ良かったではないか。こんな酷い言われようをするとは思ってはいなかった。
やはり殿下とはいえただの人、物語のように『君に才能があるとすぐ分かった!』などと言ってくれる訳ではないみたいだ。
「君も何か言ったらどうだ」
「貴方様には何も言うことはございません」
「へぇ、私、には?」
「ええ、そう申し上げました」
私の心情に気がついたのか殿下は私に対して鋭い視線を送ってくださった。まるで私が害虫のようだ。
貴方も平民のくせに生意気だと思っているのかと考えながら、私は気怠げに殿下を見つめた。
「じゃあ誰かには何か言うのかな?」
「その薬に対しての質問をされた方に対してであればお答え致します」
「質問しただろう、『本当にこんなのが効くのか?』と」
「申し訳ございません。その言葉はただの疑問に感じましたもので。そうですね。逆に、殿下は効果のない薬をわざわざ民に命じて作らせるのでしょうか?」
私は最早、殿下にどう思われようと構わなかった。
怒って出て行っていいから一刻も早く眠りたい。究極の眠気が襲って倒れそうになっている。
思考はまるで働かず、敬語を使う事までも放棄したいほどだった。
「ギルベルト、どう思うんだ?」
「……どうでもいいです。早く出てってください」
ギルベルト様がそう答えると、殿下の様子が変わったように見えた。もじもじと体を動かして、弱々しい貴婦人のようだ。
「ええ、そんな言い方ひどいよギル……今僕の護衛騎士に推薦してあげている仲じゃないか」
「私は頼んでおりませんし今それはどうでも良いことで……ああもう、俺たちは早く寝たいんだよ。ふざけてないでさっさと帰ってください!」
突然のギルベルト様の声に私は僅かに入りかけていた夢の世界から戻された。
私の目に映ったのは、今にも泣き出しそうな殿下と、とても不機嫌そうなギルベルト様である。
ギルベルト様は「待って待って」と言う殿下の襟を摘むと出口まで引っ張っていき、ぽいと投げ捨てた。その後に塩まで撒いている。
「………薬」
「文句をつけてくる奴には渡さなくていいよ」
机に残った薬は殿下が摘んだ1粒を除いて全て残っていた。
まぁ、とりあえず、殿下に命じられた仕事は期限内に終わったし目で確認していたのだから問題なかろう。
ふと、ギルベルト様がパチリと指を鳴らすと簡易なベッドが現れた。
寝たいという思考が限界に来ていた私はそれにふらふらと近づき、ベッドの側にいたギルベルトに抱き抱えられた事に疑問を抱かないまま、深い眠りに落ちていった。
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