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「クリスチャード殿下!」
叫んだのは誰だか分からない。
だがそのせいで練習場にいる全員がこちらを向いたことが分かった。
そして、あの2人もこちらに気がついたようだ。女の子とは目が合い少しだけ睨まれたような気がする。
「ここは人が多い。場所を移動させましょう」
クリスチャード殿下の声で、私達は学園の中に戻ることとなった。
正直、私は辺境伯様が来た時点で帰りたかったし、別に今も一緒に部屋に入る必要は無いと思っていたのだが、ギルベルト様が私の腕を掴んで離さず今に至る。
ここは、生徒会が使用する会議室と記載がされていた。
会議室という名前の割にはソファはふかふかだし机も装飾が施され、床には絨毯がひかれている。
どこぞの貴族の客室のようだ。
「それで、ザヘメンド辺境伯は何故ここに?」
「殿下、それは息子のギルベルトとこちらのアスティア・ロイサンテーヌ嬢との婚姻を進め、半年後には……」
「おや?ギルベルトには女性のパートナーが出来たのでは?」
意気揚々と話し始める辺境伯様の言葉を遮るように、クリスチャード殿下は言葉を発した。
それはまるでその婚姻を歓迎していないうな発言に、私は心中巻き込まないでくれと必死に願うばかりである。
「いいえ殿下、あれは間違いであったのですよ。うちのギルベルトが平民の女とパートナーであるはずが無いではありませんか」
「へぇ?何故そう思った」
「知っておられますかな。あの平民の魔力はほんの僅かしかなく、更には運命のパートナーだと聞いていたのに、学園にはあのような魔法陣を出すパートナーも現れたのです」
「では、早々にパートナーの鑑定書を出して追い出してしまえばよいのでは」
先ほどまでポンポンと私の悪口が出てきていたというのに、殿下の最後の質問に辺境伯様は口を閉ざした。
ギルベルト様が以前から依頼を出していたその診断書は、いつまで経っても辺境伯様の許可が下りないと聞いているので、何かしらの理由でもあるのだろう。
「殿下……パートナーではないと分かる相手にわざわざ高い費用をかける必要はないでしょう」
「費用は私が払うと以前よりお伝えしておりますが、父上」
「おや、問題解決ですね。ザヘメンド辺境伯?」
「何を言います、そもそも費用をかけること自体勿体ないではありませんか。ギルベルトも頭が良いのだからそれくらい分かるだろう」
「では、そこの、ギルベルトのパートナーと名乗る者。名前を名乗りなさい」
「…………」
私はソファの端、ギルベルト様に隠れるようにして密かに座っていた。先ほどから感じるピリピリとした空気に針の一本も刺すまいと、体を動かさずにいたのだ。
会話の中でどれだけ無視をされようと私には好都合でしかない。
だからここで話を振ってきたクリスチャード殿下には初対面にも関わらず、つい怒りを抱いてしまった事は仕方がなかった。
「……レティシアでございます、殿下。平民なので名乗るのはこちらのみでございます」
私に名乗らせた殿下は少し満足そうな顔になると、チラリとギルベルト様を見やり、再び爽やかな笑顔に戻ってからこう言った。
「レティシアは診断書は欲しいのかな」
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