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アスティア登場
私は混乱していた。
目の前に置かれた大量の金貨も、向かいに座る絶頂の美人も、周りを取り囲む多くの男達に対しても、全てにおいてである。
「あの……」
「これで、間に合うかしら?」
「はぁ、いや、何のお話しでしょうか」
今日は実験でもしようと優雅に1人で廊下を歩いていたところ、両脇から腕を持ち上げられて目と口を布で塞がれて気がつくとこの場所に座っていた。
私から見える部屋の様子からしても大層豪華な作りであり、自分の座るこのソファもとても深々で高そうだ。
だがそんな事よりも今のこの状況は一体なんだろうか。
何故目の前に大量の金貨を置かれていて『間に合うか』なんて、一体何をしたら許されるのか。
目の前に座るこの美人も誰なのか名乗りもしない。
初めて会うにも関わらず、相手はさも知られている事が当たり前のように堂々たる態度だ。
彼女は先ほどから扇を口元に当てながら優雅に目元を笑わせているが、絶対口元は笑っていないのだろう。美人怖い。
けれども助けを求めて周りを見たところで強靭そうな敵っぽい男達が取り囲むだけ。
私は今日が命日になるのではないのか。
そう考えていると彼女が少しだけ扇を揺らしてこんな事を言い始めた。
「あら、分からないかしら?頭が悪い方は嫌いなのに、どうしましょう」
「…………」
正直、今彼女に「嫌いな人物のようなので帰っても良いですか」と言わなかった事を褒めて欲しい。
唐突に連れてこられて今の状況に置かれ、用件も言わずに理解しろなどと私は神か。
「申し訳ございませんが私は貴方を存じませんし、何も分からないまま理解しろなどと言われる筋合いはありません」
「……そう、私をご存知ないの」
少しだけ驚いたような顔をした彼女は男の1人に耳打ちをすると男が私にこう告げた。
「このお方はアスティア・ロイサンテーヌ様であり、ギルベルト・ファン・ザヘメンド様の婚約者であらせます」
「…………」
私は瞬時に理解した。
これは厄介な人物に捕まってしまったと。
婚約破棄しないとなんてギルベルト様は仰っていたが、相手は全く諦めていないという事か。
そしてこの金でどこかへ行けという事なんだろう。
しかし、それは彼女が運命のパートナーを甘く見ている証拠か若しくは、私をパートナーと認めていないかのどちらかである。恐らく後者なんだろうけれど。
「それで、どこか宛は考えて頂いているのでしょうか」
「どういう事かしら」
「何も無いのであれば私は実家に帰りますが、ギルベルト様は私の実家はご存知のはずです。すぐに見つかるでしょう」
「……….」
私は一応抵抗を試みた。
宛てなんか考えていないだろうし、ギルベルト様が私の実家を知っている事も伝えれば私の実家に悪さ出来ない筈だ。
「分かったわ、ではシャーロン家の侍女として手配して差し上げます。感謝なさい」
「…………」
シャーロン家とは、随時侍女募集中の曰く付きの館の事である。確かシャーロン伯爵がそこに住んでいると聞いたがあまり良い噂は聞かないし、そんな恐ろしい場所に嬉々として向かう人物など、相当な貧困を覚える家以外いないだろう。
私は一体何に感謝したら良いのだろう。
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