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私は足早に歩いていた廊下で動くことができなくなっていた。
「…………」
「…………」
互いに見つめ合う事1分。
私は彼から視線を外して歩き出す。
「ちょっと待って」
「い、いえ。私は関係ありませんので」
「それは私が決める事だ」
「…………は、離し……」
しかし、すれ違った瞬間に手首を掴まれて止められた。
彼、ギルベルト・ファン・ザヘメンドが廊下の反対方面からこちらに歩いてきた事は、恐らく偶然の出来事だったはずだ。だからまさかこんな状態になるなんて予想もしていない。
彼は私よりも頭ひとつ分位大きな体で覗き込むようにして私に問いかけてきた。
「……君の名前は?」
「…………レ、レティシア…です」
「パートナーは?」
「おりませんが……」
そう言葉を漏らすと、彼は空いた手を顎に当てたまま私を凝視してきた。それはもう、居た堪れなくて仕方がない。
私はもう一度離してくださいと伝える為に口を開こうとした。
「私たちはパートナーだと思うんだが」
「は……は?」
私は全く貴族ではないしその礼儀作法も分からないが、多分貴族様に「は?」なんて口を聞いた平民はサクッと処分されてきたに違いない。
そんな事を考えて慌てて謝ろうとしたが、それよりも前に、彼が発言した言葉を頭が理解したようだ。
『私たちはパートナーだと思うんだが』
まさか彼からそんな事を言われるとは思っていなかった私は、自分の聞いた言葉が本当であったのかを必死に思い返した。だが、あまりの緊張によって思っていることが口に出てしまっていた。
「え?な、なんです?」
「私たちはパートナーだと思うんだが」
先ほどよりは強い口調だけれど彼はもう一度言ってくれた事に驚き、案外貴族様も優しいんだなぁなんてふと思う。
「レティシア」
「ひぃ!」
「もう一度言ったほうが良いか?」
しかし、こんな自分とは別世界の人間に名前を呼ばれたことが恐れ多く、頭は真っ白、息をすることを忘れてつい彼の顔を見てしまった。
目の前の人間はもしや人工的に作られた人形で命が吹き込まれたんじゃないかと思うほど整った綺麗な顔立ちをしている。
突然訪れた息苦しさにゴホゴホと咳をすると、彼は心配そうに私の腕を掴んでいた手を緩めてくれた。
今息してなかったわ、なんて思いながらここぞとばかりに勢いよく後退する。
「だ、だ、大丈夫です。パートナーじゃないです、私の魔力量はか、カスみたいなもんですから、違いますから、絶対」
「…………そうか」
「はい、そうなんです失礼いたします」
まるで流れ作業のようなスムーズな動きで私はその場から慌てて立ち去った。
パートナーって、あのパートナーの事を言っているのだろうか。あの今彼が探しているという魔法を使用する上でのパートナー。まさか、そんな事。
そう、考えたかった。
実のところ、彼と廊下で会った瞬間、まるで運命の相手に出会ったかのような衝撃が体を駆け抜けていた。
脳がこの人が正解だと勝手に反応し、本当は抱きついてしまいたい位の衝動がずっとあった。まだその感覚が抜けず手が震えている。
彼が、私の、最愛のパートナーだと。
だが。
私は平民代表を張れるほど全く貴族と関わりもなく、しかも魔力は極小、彼にとって周りに知られると不都合なパートナーだと思われた。
だから彼は私に声なんかかけず、つい声をかけてしまっても考えを押し込んでパートナーなどと言わないと思っていたのに。
「はぁ、はぁ……はぁ…………」
想像と違う。
貴族様は自分の見栄を気にして、そして強情な人物なんだと思っていた。だからあの短時間で考えた私の貴族様への対応は間違っていなかったはずなのに。
冷静に考えて私自身にこんなハイスペックなパートナーは要らない。
相手は外見麗しい貴族様で、誰も倒せないような魔動物の討伐を1人で行ったとかいう非現実的なことしている相手とは関わりたくない。私はゆっくり魔法薬でも作りながらまったりと家族の為に稼ぐ位が似合っているのだから。
「なんで……いやだ、いやだよ……」
ある程度の距離を走った私は廊下の端っこで座り込んで、よく分からない感情をどうにもできずに涙を静かにながした。
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