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もちろんそんな人物はいないのだが、なかなか納得はしてくれないみたいだ。
「レティシア、何しているんだ」
そんな時ギルベルト様が現れた。
まさかこんなタイミングで現れてくれるとは思わず、内心拍手喝采である。
急に現れた英雄に周りは動揺を隠しきれないみたいだった。まだ内部事情は知らないが、もしかしたらあまりクラス同士で交流がないのかもしれない。教師も含めて皆目を輝かせている。
「ギルベルト様!!!」
金髪縦ロールがギルベルト様に近寄った、先ほどまでの蔑むような顔は綺麗になくなり、恋する乙女の顔に変更されている。ついにため息が漏れた。
ギルベルト様は彼女に顔を向けて「なんでしょうか」と答えていた。それはまさに他人行儀、明らかに見える壁に彼女は微塵気付いていないなんて、とてもかわいそうな方だ。
そう言えば私はギルベルト様から1度も敬語なるものを使われていないのだが、やはり平民相手という見下しを含んでいたからだったのか。
「ギルベルト様おかわいそうに、こんな平民がパートナーと言い張っているなんて、あんまりですわ」
「……言い張る?そうなの?レティシア」
「いいえ、1度も言い張ってはいません」
「そうか、残念だな」
にこにこと笑いながら眉毛を下げ、とても優しげな人相をするギルベルト様に寒気がする。これは何か企んでいる顔だ、早く逃げなければ彼の罠にかかってしまう気がした。
私は気付かれないよう、横に少しずつ足を動かしながら少しずつ距離を取る。
「もう、ギルベルト様、お優しいのは良いですが、こんな平民にまで気を使わなくても……」
「こんな平民ねぇ」
「……え、ギルベルト様?」
お嬢様の言葉が途切れたかと思っていたら、パシリと腕を掴まれて私の逃げた距離はあっという間に縮められてしまった。
「うお、ギルベルト様?!は、離してください!」
「ねぇ、レティシア、私達はパートナーだよね?」
「ひぇ」
まさかの問いに私は固まった。
ここで証言をさせるつもりか。このクラスの人達が見ている前で、なんで私に言わせる必要があるのか。私にはさっぱり理解できない。
貴方が一言言ってくれればきっとすぐに治るだろうに。
私が何も答えまま視線を彷徨わせていると、ギルベルト様は私の顔を覗き込むようにして見つめてきた。
ああ、これはまずい。
この距離で見つめられると体の中の魔力が震えだす。この人に全て尽くしたいような気持ちになる。
これはもう諦めるしかないと思った。
私の目を覗き込んだその人は、作り物かのような綺麗な顔に笑みを浮かべ私の手首を壁へと押しつけている。
「レティシア、もう一度聞くよ。貴方は、私の、パートナーだね?」
「………わ、私は、……」
抗えないそのパートナーとしての共鳴に、私は黙って頷き、はい。と答える以外の術はなかった。
クスクスと笑い声が聞こえてきた。
つい目をつぶっていた私は、ゆっくりと目を開ける。
ギルベルト様が肩を揺らしながら笑う様を私は怒るように睨みつけた。
「すまない、レティシアが私のパートナーだと言い張っているなどと聞いたから、貴方に証言してもらいたくなったんだ」
「何させてくれるんですか」
「つい。ごめん、無理に共鳴させてしまったね」
共鳴?この『運命』とやらに動かされる事を共鳴と呼ぶのか。
それならば共鳴すると分かっての行動だったなんて、本当に信じられない。何故あえて共鳴を起こさせる必要があったのか、全く理解できない。
しかし、どんな仕組みでああなってしまうなんて考えた事が無かった。悔しい気持ちと、また調べる事が増えた事にも頭を抱える。
笑いが治ったギルベルト様が私の頭を撫で始めた時、そういえばここはクラス中であった事を思い出し、すぐにでも気配を消せる魔法を習得しなければと思ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
皆さん、体調は大丈夫でしょうか。
いつもは、これくらい平気だろうと思う程度でも、一大事に繋がることもございます。
ご自愛くださいますよう。