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彼女、レティシアは、ギルベルトが用意したドレスをお礼と共に受け取り、部屋へ戻ったまま出てこなくなった。出発予定時刻はあと10分ほどしか無い。
侍女達は先に馬車の方に行かせているのでこの場所にはいないので、ギルベルトは時計を見て立ち上がるとレティシアの部屋へノックしようと手を上げた。直後、
ガチャリと扉が開くと、無表情のレティシアが立っていた。
いつもはフワフワと浮いている髪は、整えられて艶のある緩やかにな髪となり背中に流れている。常に凹凸が出ないような服を着ているせいで分からなかったが、ドレスを着ることで案外メリハリのあるスタイルをしている事が良く分かった。
通常メイクなどしていない顔は、化粧が施され、可愛らしかったその顔を少しだけ大人っぽく、綺麗な顔へと変わらせている。
「なんですか」
「い、いや……」
こんな形で変わる事を知らなかったギルベルトは少しだけ狼狽て言葉を濁した。
「変ではありませんか?」
「え?ああ、とても綺麗だよ」
自分の言葉に驚いたギルベルトは少しだけ目を見開いた。頭で考えずに言葉が溢れた事が恥ずかしい。
綺麗だなどと簡単に褒めるだけでは物足りないという女性が多い事を知っている自分にとって、加えて言葉を送ろうとして、彼女の顔を見てやめた。
「ふふ……ドレスをありがとうございます」
「……」
満足そうに頬を染めてにこりと笑う彼女に驚く。
胸元の淡い紫から足元に向かうにつれ濃い青へと変わる色は
何気なく選んだ物であった。そのドレスの色が自分の瞳の色と被る事を今更ながらに気がついてドキリとする。
「ドレス、似合っているね」
「センスのあるギルベルト様がお選びになった物ですから、当然なのでは」
笑みをにやりとさせた彼女が下から覗き込むように顔を傾けると、先ほどから鳴り止まない心臓の音が再度大きく聞こえてきた。
初めて出会った時の衝動が体に駆け抜けて仕方がない。
彼女の手を取ってぐいっと引き寄せ、そのまま唇を彼女の耳に寄せると軽くキスをした。驚く彼女が固まっている間に、何故か用意していたネックレスとイヤリングも装着し、スッと体を離す。
ネックレスとイヤリングも、小ぶりながらキラキラと白く輝くようカットされたダイヤモンドがついている。まるで自分の髪の色と合わせたようだった。
なるほど。
女は嫌で面倒だとは思いつつも、やはり自分はパートナーである彼女の事を我がものにしたいらしい。
「渡す事を忘れていたよ」
「私は物で釣られるような女ではないですが、でも、アクセサリーまでありがとうございます」
彼女は、アクセサリーの色にどんな意味か含まれているのかについては把握していないようだった。
ただ単純に物を貰えた事を嬉しそうにする姿は貴族の女からは得られなかった喜びを感じる。
手を差し出すと彼女の手がゆっくりと重なり、再び無表情の彼女が現れた。
「レティシア…」
「今回は、辺境伯様はいらっしゃらないみたいですね」
「……ああ、父上はいないらしい」
「安心、いたしました」
そう言った彼女はまっすぐ前を向いて馬車に乗るまでは一度もギルベルトと視線を合わせることはなかった。
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