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嫌な予感がしてギルベルト様をじっと見つめた。
彼は肩を竦めるとシャックを見る。
「ずっといつもの調子で話しかけてきていたが、脱衣所についてきた時に「これはなんですか」と言いながら本に触れたんだ」
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「ひっ」
「どうした?」
「あ、あれ…なぜ、僕はここに?」
「……?」
ギルベルトの本を触れたシャックはそのまま本をボトリと落とすと、突然我に返ったかのように目を瞬かせた。
どんな状況か検討がつかないギルベルトは、シャックの肩へと手をかけ、少しだけ力を込めて自分の方へと振り向かせた。
「……え、ギルベルト・ファン・ザヘメンド…様?」
「………」
突然の豹変にギルベルトは言葉が出てこなかった。
今までの気持ちの悪い対応もぞくぞくと神経に不快な感情にさせたものだが、急にこんな普通の人に戻られても反応に困った。
襲いかかってきた虎が直前でか弱いウサギに変化して怯えられているような、そんな気持ちである。
「その本を、返してもらえるかな?」
「……え、僕、貴方に憧れていて…」
「そうか、ありがとう」
「これ、夢なのか、なんで急に……」
今までも憧れていたとは言っていたが、このように配慮する様子は伺えなかった。
まるで別人だ。
目の前にいるのは、本当にいつもの彼、なんだろうか。
次第に彼は頭を抱え始め、ぶつぶつと何かを言い始めた。
「お、おい、大丈夫か」
「あれ、おかしい、あの時僕は、…僕は、ただエミリと幸せになりたいと」
「おい!!」
「僕は、僕は……別に、パートナーじゃなくなっても、エミリと一緒に。何故、知らない場所に」
どんどんと虚になる目、頭を抱えたまま掻き毟り始めた手は目で見えるほど震えている。
あまりに狂気じみているその様子に恐ろしくなったギルベルトは、彼の腕をがしりと掴んだ。しかし、ギルベルトよりも強い力でそれを振り払われるとまるで魔物に突然出会った平民のようにバタバタと走り去っていってしまったのだった。
「……」
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「そのまま走り去ってしまったから何も聞くことはできなかったが、その後に調査結果が届いてね」
「え?調査結果?」
「大丈夫だよ、エミリ。貴族では身辺調査なんて当たり前だよ」
「何が大丈夫なの?」
エミリの驚きはさておき、つまりギルベルト様はその結果を見た時に脱衣所で一瞬見た姿が本来の性格なのではないかと感じたらしい。
だが、その後におかしくなってしまった。それが朝まで続いている事に心配しているらしい。
とても分かりづらいが、そうなのだと気がついた。
「まさか、夜からずっと?」
「はい……。ずっとシャックがこのままだったらどうしよう」
ギルベルト様に話しかけられたエミリは先ほどよりもギュッと眉をよせた。
よく見ると目には涙がたまり、今にも泣きそうだ。
きっと今までもずっと我慢してきていたのだろう。
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