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しばらくは互いに言葉を発することはなかった。
私は気配を消す努力を怠らず、息すらもゆっくりと行った位である。
しかし、温泉に長く入ることはできなかった。
(ゆ、茹る)
『もう、上がらないとのぼせちゃいます』
もうギリギリまで耐えた私は湯船の中をゆっくりと進んで縁に着いたと共に立ち上がった。
「ちょっと待ちなさいよ」
「い、いや……もうのぼせるから無理」
「な、顔真っ赤!!水かけてきなさいよ!」
「………」
「レティシアさん!?」
縁に足をかけて立ち上がろうとした私を彼女は呼びかけた。だが、あまりに我慢しすぎたために完全にのぼせた私は彼女に抱き抱えられて気を失ってしまったのである。
完全に気を失う直前に呼びかけられた自分の名前に、僅かに違和感を覚えながら私は目を瞑った。
意識が戻ると、頭に柔らかな感触を覚えた。
目を開けると覗き込む女の子の顔。
「!?」
今まで敵対心剥き出しの女の子が、目を開けると心配そうな顔で覗き込んで来るとは想像していなかった。
しかも、この頭にある感触は、ふともも。
「ふぁ!!?」
思いもよらない状況につい飛び起きて変な声が出た。
周りを見渡すとこの場所は温泉の脱衣所のようだ。
まさか私がのぼせて倒れた後、彼女はそのまま介抱してくれていたのでは。
「あ、あの……えっと」
「他から何と聞いているか知らないけど、私の名前はエミリ」
「エミリ?」
「名前を聞いたんじゃないの?」
「そうだけど、なんか雰囲気違いすぎで困惑してる」
呼びかけようと声を出したものの名前を思い出すことが出来なかった。それを察して名前を伝えてくれるなんて以前の彼女からは想像できただろうか。
エミリと名乗った彼女は、少しだけ苛立たしげに私に水を渡してきた。
「早く起きてよ、話したい事あるのに」
「え、え?そんな急ぎ?」
「あんた倒れてから10分は過ぎてる」
私は慌てて水を飲むと『ふぅ』と息を吐いた。
きっともう湯当たりは大丈夫だろ。
「気持ち悪くないわね?」と声をかけてくる彼女の姿は、今なら普通に気遣いができる女性に見える。
ハタと気がつき体を見ると、下着まではつけられておりタオルケットがかけられていた。
ここまでやってくれるエミリに、話を聞かずに帰るなんて出来きない。
だから早くに話を聞くべく、私は言葉を催促していた。
「シャックの洗脳をといてほしいの」
「シャック?」
「私のパートナー!」
「ああ」
「よく分からないうちに、『一緒に運命のパートナーになろう』と言ってきたの。拒否するとシャックがおかしくなるから合わせてるけど、どうしたら良いのか」
思うよりも深刻そうな内容に、私は未だぼんやりとする頭にフル回転するよう促した。
これは、貴重な話を聞けそうである。
「おかしくなるって、どんな風に?」
「……聞いてくれるの」
「まぁ、ここまでしていただいてただ帰るのは、人としてどうかと」
「……なんだか怪しいけど、まぁいいや」
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