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そこからはフラワージェの勇者へ対する愛の語りが始まった。それはもう、まるでおとぎ話にでも出てくるような素晴らしい人物が語られ、レシーと共に過ごした時の勇者のかけらも見えない。
エスコートからプレゼントから何から何まで至れり尽くせり。
よく聞いてみれば、そのお金はどこから出てきていたのか、その優しさは誰かを犠牲にはしていないかなどの疑問が出てくるものも多い。
何かを犠牲にしてまで尽くされ、ここまで勇者に酔狂な様子はなんと頭がお花畑でできているエルフだと称賛に値するだろう…。
レシーはその間にでも必死に辺りを見回して逃げ道は無いか頭を動かした。
ここはレシーの後ろにドアがあり、フラワージェの後ろに窓がある位しか生身の人物が出れる場所はない。
魔法を使用すれば可能だろうがフラワージェが現れたときに魔力は感じられなかったのだから、普通に入ってきたとしか思えない。
だが、今日は少し風が強いため、万が一窓から入ってきたのであれば空気の流れも感じることができただろう。
もしかして侍女としてこの王宮に勤めていたりはしないだろうか。そして、怪しまれずに侵入に成功した、なんてことは…。
現在の洋服は普通のワンピースを着ているのでどちらかは判別できないが、万が一侍女として侵入していればここで暮らすことのなるレティシア達にもかなり関わってくる。
今まで一度も無かったが、万が一レシー自身が何かをされて消滅したとなったら、レティシアも消滅か何か体に影響が出るかもしれない。
レシーからすれば何回も否定され続けてようやく自身を受け入れてくれた唯一の人間だ。
レティシアは仕方がないと言う可能性が高いが、彼女に傷がつく事は避けたい。
「勇者様は素晴らしい人間なのですよ」
「なるほど、そんな事までされていたとは」
必死に延ばしていた会話も少し途切れてしまう。
ふと、彼女の目が光ったような気がした。
「ですから、勇者様は返してくださいませんと」
「返す方法はどんな感じなんでしょう」
「あら、返してくださるの?」
光を宿したまま、満面の笑みが徐々に近づいてくる。
レシーは思い出したかのように上に上がろうとすると自分の足が地面についていることが分かった。
「……な、なんで」
「うふふふ、本来貴方の枠は私だったのです。まさに『運命のパートナー』として正しい位置に戻すだけ……」
レシーは弾かれたように扉を思い切り開けると王宮の廊下へ飛び出す。外に誰もいなければ追いつかれる可能性が高いと判断していたが、そんな事も言っていられない。
「レ、レティシア!!!助けて!!!!」
久々の足に少しもつれながらも必死に走った。
後ろを見る余裕はレシーには無い。
フラワージェがつけていた髪飾りの音がゆっくりと近づいて来ていると告げてくる。
「や、やだ!アギィ!!アギィー!」
もうだめだと思いながらも、最後の力を振り絞って思い切り叫ぶと、レティシア達の声が聞こえてきた。
気がつけば先ほどの少し薄暗かった廊下ではなく、しっかりと照明が照らされた明るい廊下だ。
「レティシア!!」
「レシー!?」
レティシア達の姿を見たレシーは、何かが切れたように意識を失った。
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