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一見すると生身の人間のように見える彼女からは、まるで何も感じない。満面の笑みを称えてはいるが、張り付けられたそれからは感情の動きというものがレシーには読み取れなかった。
そもそも、レシーの姿はこの数千年の時の中で誰にも認識された記憶が無いにも関わらずフラワージェとは目が合っているのだ。明らかにレシーの事を認識して視線を合わせてきている。
「ゆ、勇者の、何ですか…?」
「私の勇者様を返してもらいにきたのです」
同じ言葉を繰り返され、やはり『私』の勇者『様』とやらを返しにきているらしい。
そもそもレシーは勇者と魔王の戦いを見ていた訳ではなく、全てが終わってからエターナル姫の魂と入れ替わったのだから、フラワージェと勇者の関係は全く知る由もない。
だが、確か勇者は外見の良いエターナル姫を嫁にしようと企てていたと聞き及んでいる。
もし愛し合っていたのだとすれば、フラワージェの体が爆発で消滅した直後にすぐ聖女と結婚するなどと切り替えることはできないはずである。
つまり、フラワージェが言っている内容にはかなり感情の偏りがある可能性が高そうだ。
だが聞かざるおえない。
理解しなければこの状況を打破できるとも思えず、またなんとか少しでも時間を稼がないと嫌な予感がして仕方がないからだ。
『私の、というと…勇者さんとは、愛を誓い合った中だったのでしょうか』
「ええ、エルフはそもそも婚約の儀を交わさねば伽を行ってはいけないのですが…勇者様は、もしかしたらお互いに命尽きるかもしれないからと魔王城に攻め入る前日に…愛を誓い合ったのです」
なるほどと、レシーはため息をつきたくなった。
勇者リヒュタインは相当にクズだとは思っていたが最高のクズであったらしい。
もしかしたらエルフと夜の行事ができたと自慢ができるとでも考えたかもしれない。そうだとしたら死をもって償ってほしいと思った。すでに死んではいるのだけど。
それくらいの罪の重さを自らにかけるべき人間だと再認識したのだ。
だが、今はフラワージェを哀れみ、勇者の悪口を考えている暇などなかった。
「で、ですが、勇者はエターナル姫の外見がよいからと、無理にでも結婚するつもりだったと聞いております」
「ええ、もちろんです。勇者様は寛大な方でらっしゃいましたから、エターナル姫を妾にすると仰ってました」
「え、エターナル姫を妾に…?」
白髪の長い髪を三つ編みにして肩にかけて流し、褐色の肌はその髪をより聖域の存在であると示しているようで確かに美しい。もしかしたらエルフの中では割と偉い地位にも居た可能性だって十分に考えられる。
しかし、当時聖女だと言われていた姫を妾にするなどと王が許すはずもない。勇者に言われてその言葉を信じたフラワージェがただ何も人間の王宮について知らなかったか、恋に盲目となっていたのかなど分からないが
それはあまりに無知だと言えよう。
しかも自分が正妻になれる事を前提として話しているのだろう。
レシーは無い体に寒気が走った気がして両手で両腕を抱き抱えた。
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