八話:エントリー
フーマンは寄り道などせずにただ真っ直ぐ歩いていた。太陽が燦々照っている中、汗を垂らしながら確実に目的地へと向かう。右手にはパンフレットが見え、親指と人差し指の力でぶら下がっている。一見新品に見えるパンフレットだが、よく見てみると所々クシャッとしている部分があるのはその持ち方のせいである。また、左手は何かをギュゥッと握り締めている。もちろんUSBメモリーだ。これがなければ、これから向かう場所に行っても無駄な時間を過ごすことになるだろう。
「はぁ......まだつかないのかぁ......?」
フーマンはボソッと愚痴をこばす。それもそのはず、現在の気温は30度。本来ならば花冷えしそろそろ凍て返ってもいいほどなのにそれを感じさせないほどの暑さである。そんな中、移動手段が徒歩というのはもはや苦行と言っても過言ではない。
そう愚痴をこぼしながらも、はぁはぁと言いながらしばらく歩き続ける。
「はぁはぁ......やっと着いたーーこの尋常ではない暑さから解放されるほど涼しめる場所に!」
フーマンは左腕をおでこに当てるとグイッと汗を拭う。フーマンが炎天下の中、一生懸命歩き目的地に設定していた場所はここ“カジノタウン”。何日か前に遊びに行った青くて大きな建物がそうである。
ンジャに住んでいる人々が遊びたい時は皆ここに集まる。ンジャの中で最も大きく、たくさんのゲームや大会が集中しているからだ。
フーマンが扉の前に立つと扉が自動で開く。フーマンは開くのを待ってから中へと入っていく。
「どうぞいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「おはようございます。今日は『悪魔の遊技場』のエントリーに来ました」
「ああ、『悪魔の遊技場』ですか。“ホルダー”であることが条件ですので、エントリー等の必要はございません。お名前や能力、勝敗などの全ての情報がお持ちのUSBメモリーに記録されるようになっておりますので」
「あ......そうなんですか。ではどうしたらバトルすることができますか?」
「戦いを御所望でしたら、 お持ちのUSBメモリーをどこかに差していただくと逃走不可能なバトルスタジアムが出現致します。そこで強制バトルを仕掛けることが可能です」
「“どこか”というと?」
「本当にどこでもお好きなところで大丈夫です。地面でも、壁でも、また空中でも」
スタッフは何かを察したように言葉を続ける。フーマンにとって最も聞きたかった内容である。
「実際に試してみたい......ということであれば、当店で開催させていただいている大会にご参加されてみるのはいかがでしょうか?」
「大会ですか......?」
「はい、“バースト”という大会ですが、どうでしょう?」
「ぜひ参加します!」
「わかりました。ではこちらへ」
スタッフはフーマンを受付カウンターに案内するとササっと1枚の用紙を差し出した。そこには“エントリーシートと誓約書”と書かれていた。フーマンは差し出された用紙をを左手で軽く抑え、右手にペンを持つ。そしてそこに書かれている文字をなぞるようにペンを動かす。
「どれどれ......」
フーマンは誓約書の内容を頭の中で読み上げる。
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この度、当大会に参加するにあたり、下記の事項を遵守することを制約致します。
①当大会で行われるゲーム内容及び勝敗については一切の審議または変更を認めない
②自身がホルダー又は非ホルダーであってもUSBメモリーを用いてゲームを仕掛けられた場合はそれに準することを認める
③当大会では一切のイカサマを行わないことを誓う。行った場合は責任をもって自ら棄権致します
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「なるほど、了解した」
一通り黙読した後、フーマンは名前の欄に署名した。
「書けました」
「あ、ご確認いたします。少々お待ちくださいーーはい。こちらでエントリーさせていただきます。ではこの中から一枚カードを選んでいただけますか?」
「はい」
スタッフは書類に一通り目を通し、なにかカタカタした後、急に受付デスクが光りだす。そこには約12枚のカードが虫食いのように映し出されている。
「この中から選んだらいいのでしょうか?」
「はい。お好きなものを一つだけ選んで、そのカードをタッチしていただければ大丈夫です」
「そうですか。--では、これでを願いします」
そう言ってフーマンが右上のカードをタッチすると、受付デスクにの端に置かれている機械が作動し始める。するとカランと音を立てながら、“H”という文字が印字された手のひらより少し大きめなプレートが落ちてきて取り出し口に顔を出す。その時間約二秒ほどだっただろう。
「これは?」
「それがあなた様の対戦カードでございます。あちらをご覧くださいませ」
スタッフが手を指し出した先には大きな、まるで蜘蛛みたいな線が表示されていた。
「あちらに見えますのが本大会の対戦表でございます。全てのエントリーが済み次第あちらでご確認できるようになりますので、ご自身の対戦カードのご確認をお願い致します」
「なるほど。わかりました。ありがとうございます」
その直後、冷たい視線を感じた。
(またあの時の視線だ。私への憎悪が酷く含まれているような痛々しい視線)
フーマンが今度は逃がすまいと後ろを振り向こうとした横目で背後に大きな影が見えた。とたん何か大きなものに掴まれる感覚が左腕に感じ、一気に右方向へと突き飛ばされる。
「どけ」
この声を聴いたのは、勢いに負けて床に尻もちをつけた後、顔を見上げた時だった。フーマンは一瞬の出来事で何が起こったのかがわからなかった。
いや、正確に言うと左から右へと思いっ切り突き飛ばされたのは、だれがどう見てもわかる。もちろんフーマン自身もわかっていることだった。しかし、フーマンがわからないのは
そこではなかった。
フーマンにはなぜ突き飛ばされる結果になったのかがわからなかった。相手がヤンキーだからというわけではない。
フーマンは人間と違って天界人であり、天使である。現在は人間界に降り立ち一見人間のように見えはするが、フーマンには翼がある。翼は飛ぶためにあり、飛ぶためにはある程度の体幹やバランス能力を必要とする。つまり、そこらの一般人よりも十分踏ん張る力はあるはず。なのに突き飛ばされ尻もちをつくという結果となってしまったことにフーマンは疑問を感じていた。
「あん? なんだその目は?」
「......いや、なにも?」
「何もなくてそんな目には、絶対にならねぇよなぁ!」
大男が大声を出した途端、遠くからカツカツと足音が聞こえてくる。
「あれ? 前回私に負けた雑魚じゃん。なに? こんな講習の面前で大声なんか出しちゃって恥ずかしくないの?」
とたんに、雰囲気が一変しフーマンや大男だけでなくスタッフまでもがその女性を注視する。
「や、また会ったね」
「あ、ああ」
女性がフーマンに話しかける。彼女はフーマンの家の隣人であり、フーマンがこの人間界に来て初めて興味を示した人間でもある。
「おいおいおい、遊さんよ。ずっと一位を独占してるからって調子に乗んなよ。前回はあと一歩のところでお前に負けて優勝を逃したが、今回は負けねぇぜ?」
「あと一歩? 笑わせないでくれる? 私の圧勝だったわよ」
「ぐッ......言わせておけばッ......」
「私なんかにかまってないでさっさとエントリーしたら?」
「......ふんッ」
遊は大男がスタッフに向かって「早くしろ!」と言っている横を全く気にも留めず通り過ぎると、こちらへと向かってくる。
「大丈夫? 怖くなかった?」
「バカ言え。私があの程度に臆すると思ったか?」
「ふふっ、そうでなくちゃね」
フーマンには、遊が少しからかった表情や声色をしている反面、どこかフーマンの事を認めているようにも思えた。
「じゃ。またあとで、たっぷりと」
「ああ」
フーマンは対戦表が発表されるまでの時間を潰すため、建物内にある休憩場へと向かった。
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