三話:開幕
「ふっ、勝てるものなら——私に勝ってみるがいい」
フーマンは目をキッと睨み彼女の目を真剣に凝視した。この行動はまるで相手言動を観察し推察しているように見えるが、実際は違い、『挑発』『挑戦』『宣戦布告』などを受けたことにより、少し感情的になって彼女を挑発している。
彼はクルッと回り彼女に背を向けた後、自分の部屋まで少し歩き、取手を握ると同時に扉を開け、部屋へと入って行った。
「……そう簡単に、未来は変わらないよ」
彼女は少し明るくなった夜空に体を向け、物思いにふけながらこの一言だけを残し、静かに自身の部屋へと入って行く。
この時、彼女の後ろ姿はとても輝かしく、まるで遠い存在であるかの様だった。
♦♦♦
「ふう……、やっと食べ物を食べることができる……」
彼は持っていた袋を床に置くとゆっくりと正座する。そのまま袋の中から買った水と、二つのおにぎり、そして弁当を出すと、手を合わせる。
「神への貢ぎ物に成り賜う全ての動物たちよ。神の恵みに深く感謝します。いただきます」
と言った後、パクパクと食べ物を口に入れ始める。まずは、二種類のおにぎり。歯で噛んだ瞬間にパリッと美味しそうな海苔の音が鳴り、中からモチモチした白い米の柔らかい食感がしてくる。さらに奥まで食べ進めると、おかずの食感が加わりまた違った食感になるのが魅力的だ。
おにぎりを食べ終わると、次は弁当を食べ始め、合間に水を飲み給水する。その姿は人間が食事する時と何も変わらない。いや、変わらないどころか人間そのものだ。
フーマンは食べ終わると、出たゴミを全て袋の中に入れ、袋を固く括る。しかし、捨てるゴミ箱がないので、仕方なく流しに置いておくことにした。
そうこうしているうちに部屋の中に一筋の光が差し込んできた。いつのまにか外は明るくなっており、すでに太陽が出ていたようだ。
「ん……? もう朝か。どおりでねむたいとおもった……」
フーマンは「ふあぁ」とあくびをしながら目を擦る。どうやら相当眠たいらしい。それもそのはず。彼はコンビニエンスストアから帰ってくると長話しをし、その後、ゆっくり味わいながら飯を食べていたのだから。
「……少し、寝るとするか……」
フーマンはそういった後、畳に寝転がるとしばらくして深い眠りに入っていった。
♦♦♦
「っ……いま、何時だ?」
フーマンが眠りについてから約六時間が過ぎ、ようやく目を覚ました。
「もうこんな時間か……」
外は先ほどと比べ随分と明るくなっており、いつのまにか太陽が高い位置まで昇っている。加えて、自動車が走るエンジンの音や鐘の音などの様々な音が聞こえて来た。どうやら、他の人々はすでに活動しているらしい。
「さて、私もそろそろ活動を始めなければ」
そう、彼はこの日、『モール街』に行く予定なのである。見て分と通り、現在彼の部屋には流しとトイレと窓以外何もない。だから、彼はモールに家具など諸々買いに行くことを考えていたのだ。しかし、なぜ『モール街』のことを知っているのかというと、もちろんコンビニエンスストアに行った時、店員に聞いたからである。
——ふむ。そうだな……。まずゴミ箱、そしてテーブル、あと寝具は最低限必要だな。あ、それと食材を保存できるものもあれば欲しい。どうやら、こちらの地上では天界のはるか何倍も技術が進んでいる様だし、それくらいあってもおかしくはないだろう。一応天界でも、簡単だが食材保存をしていたし……おそらくあるだろう。あとは…………。
と考えていると、あとはモールに着いてから決めようという考えに至り、必要な物を持った。
……あと、鞄もほしいな。
彼は靴を履き、扉を開け外に出るとすぐさま隣のあの女性の部屋の方を見た。
——さすがに、数時間前に起きたことを今もまたガチャガチャしているわけないか……。しかし、好都合だ。できれば顔を合わせたくない。次会えば——何か良からぬことでも言われそうな気がして仕方がない、そんな感じがするのだ。
彼は彼女の部屋の前をゆっくりと通り過ぎ、淡々と階段を降りて行く。一階まで降りるとアパート内から少し自然を感じさせる様な色取り取りの花と、その右にある綺麗な反射するほど澄んだ色をしている小さな池が目に入る。
——こんな大都市の中でも、到底似つかないくらいとても豊かな自然を感じさせられる場所だ。すごく丁寧に手入れをされている。一体、ここの大家さんは一体何者なのだろうか……とはいっても、私は顔を知らないから誰が大家かわからないが。
彼は、その豊かな自然の中を通り過ぎアパートの敷地を出ると、左を向き『モール街』を目指して歩き出す。
少し歩くと住宅街を抜けてコンビニエンスストアのある交差点に出た。
「えっと……あ、あれだ」
キョロキョロ辺りを見回すと、左の方に場所を示す案内板の様なものがひっそりと立ってあった。実は、彼はコンビニエンスストアから帰る途中この看板に気づき、ここに案内板があることをあらかじめ知っていたのだ。しかしその時間、街灯はあったものの辺りは暗く、しっかりと視認できなかったため、場所だけはなんとなく覚えていた様だ。
「なになに?」
と言いながら、フーマンは案内板をじっくりと見る。
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↑:『モール街』
←:学園都市『バザク』
↓:『アミューズメント街』
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案内板にはこの様に書かれていた。このまま真っ直ぐ進むと『モール街』に着き、左に曲がると学園都市『バザク』、戻ると『アミューズメント街』。
「なるほど。この先を進むと『モール街』に着くのか」
彼はこのまま真っ直ぐ進もうとする。
——これはなんだ?
彼は不思議そうに困った表情をした。なぜなら、地面には大きく、そして細長い長方形をしたものがモノクロの様に描かれており、その上を自動車が次々と通り過ぎて行き、到底その上を歩いていく隙がなかったからだ。そのせいか、彼にはこれがどの様な目的で設置されているのかが全くといっていいほど理解できなかった。すると——。
「これはね、横断歩道っていうのよ」
背の低い、優しげな老婆がフーマンに声をかけた。フーマンは一瞬ビクッと驚き、老婆の方へ顔を向けた。老婆もそれに気づき「あら、ごめんなさいね」と言って話を続ける。
「今あの棒の上の方に何か赤く光っているものが見えるじゃない? 信号って言ってね、赤色の時は、私たち歩行者は横断歩道を渡ってはいけないのよ」
「では、どうすれば私たちはあそこを渡ることができるようになるのですか?」
「それはね、青色に変わったら、渡ることができるのよ。あら、ちょうど青色に変わったみたいね」
と言いながら、老婆はゆっくり歩き出したので、フーマンも慌てて歩き出した。
——確かに、先程まで走っていた自動車が一斉に止まり出した。そして、私たちが進む方向と同じ自動車が動き始めた。なるほど、この信号とやらでルールを定めているのか。天界では自動車はあったものの、長い距離を移動する時は基本、皆翼を使って上空を移動する。だから、天界には信号という概念はない——ものは考え様だな。
横断歩道を渡りきると、老婆は「じゃあね」と言って、学園都市『バザク』の方へ向かって歩き出したのを見て、彼も「ありがとうございました」とお礼を言い、『モール街』の方へ歩き出す。
しばらく歩くと、とても大きな建物が複数見えてきた。『アミューズメント街』程の派手さはないが、様々な工夫の施されたモールの名前が書かれている看板とその看板が設置された四角い大きな建物が規則正しく並べられていた。そして、その周りにはコンビニエンスストアと同様、おそらく自動車を止めるための場所が設けられていた。
「へぇ、ここが『モール街』かぁ」
フーマンは右から左まで一通り見渡した。特に目立っていたのが、“ブロンズ”、“シルバー”、“ゴールド”と書かれている三つのモールである。
ここ『モール街』では、全ての商業施設が【★】〜【★★★★★】の“ランク”で分けられており、“ランク”の高さによって品質と値段が変わる。加えて、星が多くなるほどセキュリティが強化されていくシステムも導入されている。これにより、実質“ランク”の低い貧困層とランクの高い富裕層がはっきりと区別されているようなものである。
しかし、“ランク”の低い貧困層が一生低いまま終わるわけではない。人々の“ランク”は基本、生まれながらにして【★】から始まる。その中でも、優秀な功績を収めた、有名人になったなどの要因によって星が増える。【★★★】までは余程の犯罪を起こさない限り、基本的に上がることができる。つまり、【★★★】以下の人々は皆同じ価値で一括りにされているということだ。
フーマンは一通り見渡したあと、歩きながら手に持っていた自身の身分証をひときわ取り出し、じっくりと確認する。
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名前:Human
年齢:二十歳
職業:なし
ランク:【★★】
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——私のランクは【★★】。ということは、私は……ここ“ブロンズ”モールか。
“ブロンズ”モールとは、【★★★】以下の人々が入れる建物の中で、最も高級な商品が揃えられており、手を出しやすい値段で販売されている。ここのブランドものを身につけている者がいれば、彼らは貧困層の中でもランクが高く、お金を持っていると認識される。
フーマンは“ブロンズ”モールの入り口の前にたどり着くと周囲にいる人を観察しながら、少し横目で入り口にいる門番を見る。その瞬間、フーマンはハッとあるものに気づく。
——なんだ、あの機械は?
フーマンはその機械を次々に通り過ぎる人々やその横に立っている門番をさらに注意深く観察した。すると、段々と仕組みが分かってきたので、一旦内容を整理するため一瞬にしてピタリと動きが止まる。
——どうやら門番の横には“ランク”を確認するため、自動改札機が設置されており、簡単には通れない仕組みになっている様だ。そして、もしも“ランク”を詐称する様なことがあれば、すぐに警報が鳴り横にいる門番に知らされる仕組みになっている様だ。
整理が終わると同時にフーマンの意識が今へと戻ってくる。そして、再びゆっくりと自動改札機へと顔を向ける。
「——よし」
フーマンは入る決意を決め、自動改札機へと向かって歩き出した。
「ご来店ありがとうございます。そちらのスキャナーに自身の身分証をかざしてください」
「あ、はい」
ピッ
ガコンッ
フーマンの身分証に反応し塞がれていた小さな扉が開く。
「では、いってらっしゃいませ」
その言葉とほぼ同時にフーマンはモールの中へと入って行く。
♦♦♦
「うおぉぉ……すげぇ……!」
180度見渡しても、隙間一つないくらいぎっしりと店が並んでいる。三階にある見たことのない高級そうなブティックに、二階の家具、そして一階の日用品など、様々な商品が自然と目の奥に飛び込んでくる。加えて、大きなホールの中には、モール内の案内板やインフォメーションカウンター、その端にはいくつもの休憩場が設けられており、買い物をする上で困ることはまずないと言えるだろう。それほどまでに高級さを感じさせられる、とても素晴らしい商業施設である。
「まずは家具を見に行こう。……ふふ、夢が膨らむな」
二階へ行くためエスカレーターを使う必要があるが、使用難度は比較的に簡単なので、フーマンは流れに身を任せ自然とエスカレーターに乗った。二階に着くと、そのまま二階の店を隅々まで見てまわる。
「ええっと……」
フーマンはキョロキョロとしながら店をまわり、ようやく半分くらい店をまわり、中間にある広いホールが目の前に見えてきた瞬間——。
「そこの君、クレジットカード、作らない?」
40代くらいの女性はフーマンに声をかける。しかし——。
「クレ……なんですか?」
フーマンは急に話しかけられたせいか、上手く聞き取れず質問を質問で返す。
「クレジットカードよ! 世間ではね、“クレカ”って呼ばれている魔法のカードよ」
「魔法の、カード?」
「そお! このカード一つであんなに高級な服も高すぎて手が出せない家具も、すぅぐに買えちゃうの! どお? 作ってみない?」
「……カード一つで、家具が買える……」
フーマンは小さな声でそう呟く。
「そお! お金を持っていなくても、このカードさえあれば、すぅぐに買えるのよ! どお? どお?」
フーマンは一旦冷静に考えを巡らした。
——確かに、私は今500円くらいしか手持ちがない。だから好機ではある。しかし、安易に決めていいことでもないはず。向こう側にも何かメリットがあるからこの様に勧誘をしているはずだ。ならば——。
「少し、こちら側にメリットがありすぎではないのか?」
「そうね、私たちは貴方たちお客様がクレカを利用してくれることにメリットがあるのよ」
「そ、そうなのか?」
「それにね……発行するにあたって入会金、年会費は共にゼロ。どお?」
——乗らない理由はない。ここはこの勧誘に乗るのが得策だろう。
「わかった。作ろう」
「ありがとうございます!」
フーマンは女性にいわれるがまま個人情報を専用の機械に入力していき、手続きを済ましていく。
「はい!手続きは全て完了です! 後日カードがご自宅の住所に届くと思います」
「なっ、今貰えるのではないのか?」
「はい!」
「来るまで待たなければいけないのか?」
「はい!」
「……そう、か……」
——まあ、急ぐことでもない。気楽にまとう。
「本日はありがとうございました」
フーマンはお礼を言ったあと、その場からゆっくりと立ち去り、出口へと向う。
中間のホールなど目もくれず、まるで風景の様に出口までにある全ての店が通り過ぎて行く。
しばらくして出口があるホールへとたどり着くと、異様な光景が目に止まった。
ホールの中央には、大きなイベント会場が設立されており、壇上には、大きなモニターが置かれている。モニターの中には、『アミューズメント街』らしさが十分に滲み出ているくらい派手な会場の中央で一人、黒いマントで体を覆い、モノクロのシルクハットを被った長身で気味の悪い仮面を被った男が立っていた。男の右手にはマイクがあり、男はそのマイクを仮面の前に持っていき、そのままピタリと止まる。
その瞬間、ざわついていた空気が一斉に静まる。
バンッ! バンッ! バンッ!
周りから一斉にクラッカーの音が大きく響き渡り、向けられた照明によって男にスポットライトが当たる。まさに、これから何かのショウが始まるのを予期していたかの様に、周囲の人々は大きな歓声を上げる。まるで獣の咆哮でも浴びたのかと思えるほどに、先ほどまでの静けさが一瞬にして消えた。
男はスゥッと息を吸い込むと、大きく第一声を吐き出した。
『君が持つ知識と知能と知性の全てを用いて、全力で人生を掛け合い、賢い者だけが生き残る究極のゲーム! 君の力を、才能を、そして、個性を存分に使え! 過去最大級の“人生デスゲーム”! 今日この時を持って、開幕することをここに宣言する!』
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