少年は困惑する2
「朝から肝が冷えたわぁ……」
少年は彼が通っている高校の廊下を、1人靴下で歩いていた。
校内はスリッパを履くのが校則だが、妹を直近のトイレまで全速力で運んだため、靴を下駄箱付近に放りっぱなしで来たのだ。
妹を下ろしてそのままトイレに行かせればよいものを、焦って校内もおんぶしたままで疾走したせいで注目を浴びている。
(まあ、しょうがない、愛しい妹のためだ。この程度の噂ならすぐに落ち着くだろ)
少年の名前は四島耕作今年18歳になる高校三年生だ。妹の名前は四島雨鷺、入学したての15歳。二人とも美男美女と呼ばれても違和感ないくらいには容姿は整っているが、奇人変人のイメージのほうが先行していて、さらには性格に難ありと学校で評価されている。
そもそも入学したての雨鷺にもこんな評価がついたのは、本日やらかした『トイレ間に合わないから背中で決壊して死なばもろともだよね事件』(そもそも毎日おんぶしているわけではなく、今回は兄を道連れにしようとした雨鷺の策略である)だけでなく、兄妹そろって似たような騒ぎを起こしているからである。
大体被害を被っているのは兄である耕作のほうではあるが、シスコンをこじらせた彼はしょうがない妹だな、くらいにしか思っていないのも彼らの評価につながっているのだが、 自覚はないらしい。
下駄箱についた耕作は脱ぎ散らかしてある靴を二足とも指で引っ掛けて、自分の名前が書いてある靴箱の中にしまおうと腰を上げる。
「さて、さっさとスリッパ履いて雨鷺ちゃんを教室に連れてかないと……」
「遅刻するわよ、ほら」
その先には耕作の靴箱に手をかけて、開けようとしている女子がいた。
彼女は南志見こより、耕作と雨鷺の幼馴染だ。
「いや、なんで俺の下駄箱を開けようとする」
「べっつにー、気が向いてあんたのお世話をちょこっと焼いてやろうとしただけよ。早くしないと雨鷺ちゃんも遅れるでしょ、ほら、スリッ……パ……?」
こよりは固まった。耕作のスリッパを靴箱の中から出した瞬間に、何かがひらりと舞い落ちたからだ。
それは桜を思わせる桃色で、しかし花びらにしては大きすぎるし、形が角ばっている。
まるで意識でもあるかのように耕作の足元に落ちたそれを、彼は靴を置いて拾い上げる。
「これは……」
「それは……」
手紙だった。可愛らしいハートのシールで封がされ、裏には『四島耕作君へ』と書かれている。
「「ら、らぶれたああああああああああああああ!!?」」
二人の叫び声が響いた後、静寂が訪れた。
「いや、なんでこよりが驚くんだ」
「……」
こよりは耕作のほうを向いてこそいたが、完全に意識はあらぬ方向へ向いていた。
「……おーい、こより?」
目の前で手を振っても反応しない、というよりも瞬きさえもしていない。
心配になった耕作だが、次の瞬間、こよりが震えだす。
「……ふぁ」
「あん?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
こよりは何故か男前な、それこそ雄たけびのようなものをあげて校内へ走り去っていく。
それを呆然と見送る耕作の背後には、桜の花びらが舞い踊っていた。