通話
変な夢を見た。
黒い影が襲ってくる夢だ。
影は、俺を追いかけ続け、最後に俺の背中をぶん殴って消えていった。
ナニコレ。
▽▼▽
ピピピピピピピピピ…
「……。」
けたたましくなり響く目覚まし時計を止めると、未だ感触の消えない背中を押さえながら階段を降り、リビングへと向かう。
謎の感触の原因である今朝見た夢は、小さい時から時々見るもので、これと言って珍しいものではない。だが、それを見た日はあまり目覚めがよろしくない。
リビングのドアを開けると、休日の朝6時だと言うのに、既に家族全員が起きていた。母親は、朝ごはんと、母親と父親、妹の分のお弁当を作るのに大忙しだった。父親は早朝のうちに仕上げなければいけない資料があるらしく、さっきからずっとコーヒー片手に自分のPCとにらめっこ、妹はソファーでTVを見ながら部活の準備をしていた。
この状況に、少しリビングに入るのがためらわれた俺は、先にトイレに向かうことにした。
用を足し終え、リビングへと戻るとリビングには先程とは違う、少しだけ弛緩した空気が流れていた。少し余裕を持てたのか、妹が鼻唄混じりにこちらへ近づいてきた。
「ふんふんふふーん。おはよーおにーちゃん」
「ああ、うん。おはよう」
会話終了。兄妹の間ではいつもこんなものだ。妹の方はいつも不満げなのだが…。まぁ話すネタもないし、普通はこのようなものだとは思う。
「亜樹ー。あんた今日ってバイトあるの?」
「あーいや。今日は休みもらってる」
「そう。じゃあ今日の昼頃に宅配便来るから。受け取っといて」
「はーい」
俺は母親の作った朝ごはんを食べながら答えると、最後にコーヒーを一気に飲み干し、食器を片付けて自室へと戻った。
部屋に入りスマホに目をやると、既に十五件ほどLINEの通知が来ていた。相手のアカウント名は「ゆいな」と表示されている。
それは入学初日、俺のとなりに座っていた女子によって勝手に登録されたアカウントだ。その女子の名前は、水崎 結衣奈。俺が彼女の消しゴムを拾ってしまったがばかりに、友達(俺は認めた記憶はない。)となってしまったのだ。それから既に二週間以上が経過している。彼女は現在もしつこく絡んでくる。
あんな不注意さえなければ今頃…などと考えていると、ブルッとスマホが震え、さらにまたひとつ通知が来た。…どうやら反応がないことを怒っているらしい。いやまぁ確かに、さっきから既読スルーはしてるけど。読んでるんだからいいじゃない。それにあなた他にも話す相手いるでしょ。なんなの?暇人なの?ボッチなの?俺なの?
まぁそのうち諦めるか、と思っていると、今度は通話がかかってきた。即で切る。
が、切っても切っても何回もかかってくるので仕方なく応答ボタンを押す。
「あー、もしもし?」
『あ。やーっと出てくれた。もー、何で何回もかけたのに出てくれなかったの?』
いや、だってめんどくさいんですもん。とは、口が裂けても言えないので、てきとーに返しておく。
「えーっと、さっきまで朝飯食ってたんで。気づきませんでした」
『いや、嘘でしょ!だって途中でコール切れてたもん!』
「そんなことないですって。して、用件はなんですか?俺今ちょっとゲームで忙しいんですけど」
『それ暇って言うんじゃないの?っていうか何でまだ敬語なの。ため口にしてって言ってんじゃん』
「いや、ため口で話してますよ?学校で時々。稀に。ホント気が向いたときに」
『ホントに稀にね!?だからそうじゃなくて、どんなときでも私としゃべるときはため口にしてってこと』
「えー。…………えー」
『何で二回もえーって言ったの!?良いでしょ別に。だって私たち友達じゃん』
「あ、じゃあ切りますね。お疲さまです。また学校で」
『え、あ、ちょ、待っt』
ピッ
「ふぅ。」
俺は通話を切ると、部屋にある据え置き型ゲーム機を起動し、部屋のソファーに腰を下ろす。
通話を切ったあと何個も通知は来ていたが、それは全部無視して俺はゲームに没頭するのであった。…勿論、宅配便のことも忘れて。
その後俺はしこたま親に怒られた。