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移動の前にクルクとアインスが行ったのは遺体の判別や遺品の確保だった。
まだ幼いツヴァイや私には任せられないから、と少し離れた場所で待っているように念を押されたので、何をしているのか。詳しくは分からないけれど、あまり気の進まないことだろう。
これまでも決して短くはない距離を進んできたので、先程やってきたアインスの方は分からないが、クルクは疲れているはずなのだが、大丈夫だろうか?
ツヴァイとぴったりくっついて座り込む。
いつもなら私のことを気遣って、程好い間隔で話し掛けてくれるツヴァイも今は流石に疲れきっているらしい。膝に顔を埋めているのを横目で見て、此方から話し掛けるのも躊躇われ、ちらっとクルクとアインスの居る方に視線を移す。
正確な人数は確認出来ていないけれど、少なくない人数だったから、早々に終わりはしないだろう。
手伝いは最初から断られているし、かと言って待っている間に何が出来るわけでもないので、私もツヴァイを倣って膝に頭を埋める。
こうして休んでいるとじんわりと全身が疲れに浸るようで、クルクとアインスの判断は間違いなかった。小さな身体はあっという間に疲れが回って、頭は回らないし目元は熱い。
遊び疲れて泣いていた子供や孫達の顔が脳裏を過って、こんな時なのに懐かしくなる。
元気で、幸せに暮らしているか、確かめる術はない。
あの世界での生を終えてしまったから、それは仕方のないことだが切ない気持ちは無くならない。
つい先日まで共に暮らしていたコミュニティの人々でさえ、この場で別れるのだ。悲しみは生きている限り、ゼロにはならない。
思えば、この世界で生を受けてからは別れが多い。
悲しむよりも早く日々が移ろいでいって、気付けば悲しみが記憶の一つになっているような気がするのだけれど、人生一周分+年齢の私と違って、真実幼いツヴァイは悲しみと向き合うだけの余裕があるのか。
母親と祖父を失い、そう間を置かずに家族に等しい生活を共にした人々を失い。
幼心にはダメージが大きすぎやしないだろうか。
ここは私が心のケアを試みなければいけない場面では。
「おにいちゃん」
思い立って、とりあえず声を掛けてみたものの、その後が続かない。
というか、あまり自分から声を掛けて話を広げる、というのを今生ではしたことがほぼ無い。
大体はツヴァイが上手い具合に何とかしてくれるので……いや、普段から全部丸投げなの、ダメだな!?
自分の駄目具合を改めて思い知ったところで、ツヴァイから何の反応もなくて、膝から顔を上げた。
「おにいちゃん?」
そっと肩に手を乗せても、そこから少し力を入れて肩を揺さぶっても、されるがままで。
頑張って上半身を起こして顔を覗き込むと、顔は真っ赤で目元が涙で濡れていた。
「おにいちゃんっ!?」
額に手を当てると、子供体温というのを差し引いても熱い。明らかに熱がある。
「っにいさん! クルク!!」
慌てて声を掛けると、アインスがすぐにどうかしたのかと顔を出してくれたので、ツヴァイの顔を見せる。
ぐったりとして重い体をどうにか支えていた私から取り上げて、頬を軽く叩いて何度か名前を呼ぶが、反応はやはり無い。
どうしようとあわあわするばかりの私を余所に、アインスは特に慌てた様子もなくツヴァイを抱き上げてクルクの元に行き「こんな時にぃっっ!」と少年特有の高い声で喚かれ、すぐに此方に戻ってきて
「魔法の使いすぎから来る疲労らしい。休んでいれば、支障はないそうだ」
「ひろう……」
「せめて、横になれる場所があればいいんだが」
そんな上等な場所が下水にあるとは思えない。
アインスにしては珍しく、やや困った雰囲気で来た道を振り返るのは、クルクの手伝いに戻らなければならないからだろう。
いつまでもツヴァイを抱き抱えているわけにもいかないとなると、私が何とかしなければ。
うーん、と悩んでから、薄い太股を軽く叩いてアインスを見上げたが、アイコンタクトでは伝わらなかったようで首を傾げられた。
「わたしがまくらになる」
宣言して、太股をぺちぺちしているとアインスは察してくれたらしい。
ゆっくりとツヴァイの頭を私の太股の上に乗せて「時間がかかるが、大丈夫か?」と尋ねてくるので、大きく頷く。
これくらいは私にだって出来ますよ、任せてください。
自信たっぷりでアインスの背中を見送って、そう時間は経たなかった。
私の足が痺れるまでには。
前世では正座でかなりの時間耐えられたというのに、楽な体勢で子供の頭を足に乗せただけで何故にこれほど痺れるのか!
このままでは感覚失くなりそうだが、下手に動いてツヴァイを起こしたら可哀想だ。
声にならない悲鳴をあげながら太股に乗せた愛くるしい兄の顔を見ると、顔の赤みが引いていない。
その上、目元の涙が粒になって零れて、余計に可哀想感が上がる。
こんなにしんどそうなツヴァイに比べたら、私の足の痺れなんて大したことはない、はず!
私はまだ頑張れる、頑張る。と自分自身を励まし、ツヴァイの額に張り付いた髪を撫でる。
汗も結構掻いているようだから、早めに着替えさせてあげないと風邪を引くかもしれない。
でも、荷物は置いていってしまったから着替えなんて手元に無いのだけれど。
逃げた先には新しいコミュニティがあるのだろうか。
もし、先が無ければ子供ばかりでどうしたらいいのだろう。
人生一桁で先行きが不安である。
一人一人の顔を確認して、目を閉じさせて、出来るようなら手を組ませる。
此処に「居る」のはコミュニティの全員で無かったのが良かったとするのか。それでも、多くの仲間を失ったことを嘆けばいいのか。
いや、嘆く暇はない。ないので、黙々と作業的に動く。
こうして、仲間を送る準備をするのは初めてではない。
慣れたくはないが、慣れてしまった。
途中でツヴァイの体調不良が分かった時はーー自分でも気付かず気が立っていたのかーー八つ当たりのような態度を取ったが、アインスは気にした素振りを見せない。
自分も年の割には落ち着いていると言われる方だが、然して年の差がないアインスは何があれば動じるのかという落ち着きぶり。
こんな環境に弟妹が居ても、守り切れる自信があるんだろう。
ばあ様もじい様も守れない自分と違って。
そんなことを考えていた時だった。
「クルク」
「なぁにぃ?」
「この後はどうする」
「あぁ、このまま置いておいて何かされても嫌だしぃ。連れては行けないから焼くしかぁ」
「それはそうだが、今後のことだ。行き先に当てはあるのか?」
問われて、当初の行き先にしていたコミュニティを思い浮かべたが、そこにアインスは連れていけない。
アインスは見た目が完全にオレオルシュテルン人だが、半分はグランツヘクセの血を引いているので、本来なら連れていけないことはない。
だが、アインスは「あの父親」の子供だ。少し調べれば分かるほどに有名な事実を、コミュニティの仲間の誰も知らないということは、まず無い。
その事実をアインスに告げれば、どうなるか。
弟妹を連れて何処かに行くのか。
そうでなければ、弟妹を手放して一人になるのか。
親と縁を切ると決めた友人を突き放すような真似は、正直したくない。
したくはないが、自分が頼れるのはコミュニティだけで、それ以外の選択肢が無いとなると必然的にアインスを見放すことになる。
残された仲間のことだってある。
皆をコミュニティに送り届けなければならない、せめて残された仲間は。
これは義務だが、言い訳だというのも理解している。
窮地を救い、仲間を送る為の手伝いまでしてくれた友人への恩を仇で返す言い訳だ。
きっと、アインスは怒ることも悲しむこともしない。
そういう感情がないのではなく、それに至るまでの事情を汲む人間だから。
「コミュニティに、俺は入れない」
何かを察したように口にしたアインスの顔は、常と変わらぬ涼しげなもので。
「ミルもツヴァイも長旅には連れていけない。何かあれば駆けつけるつもりはあるが、あの子達はお前と行動した方が良いだろう」
当然のように、そんなことを言う。
当たり前に、自分よりも弟妹を優先して、それで己は一人きりになるのを厭わない。
そうするだろうという予想通りで、何故かやたら腹が立った。
「何それぇ、また面倒事押し付ける気ぃ?」
「そう取られても仕方がない。だが、お前にしか頼めない」
さらりと結構な殺し文句が出てきたが、それにコロっとやられるような性質ではない。
最後の一人の瞼を閉ざして、膝を払って立ち上がる。
「少しは弟妹と一緒に居られるように考えたわけぇ?」
「ずっと考えていたが、他に当てが無い」
それはお互い様というところなのか。
それはそれとして、お前も当てが無いだろうと言われたような気がして、苛々とする。
「何でもかんでもコミュニティに頼ればいいと思わないでくれるぅ? 受け入れるにしたって限度があるんだからさぁ」
実際問題、残っているコミュニティに人が流れるので、いくらでも許容できるわけではない。
その辺りは受け入れ側とやり取りをしているわけだが、このままコミュニティの数が減ると、行く当ての無くなる仲間が少なからず出るのは目に見えている。
このままではいけないし、直面している問題もどうにかしなければいけない。
せめて、友人とその弟妹くらいは捩じ込める何処か。
衣食住が最低限揃う場所は無いものか。
「確かに、頼りきりは良くないとは思うが……そうなると、行けるか行けないかは別として、目指す場所となると」
悩んでいるのはアインスも同じだったらしいが、着想は全く違ったらしい。
何故なら
「グランツヘクセぐらいだろうか」
「はぁっっっ?!!」
こればかりは予想の斜め上を飛び越えた。




