目的。
余裕かと思われた戦いだが、意外にも苦戦を強いられる主人公。そしてある事に気づくのだが…
あれから二時間戦っているが、一向に勝負がつかない。喜一はどうやら時空間を操る能力が使えるらしい。ボクの瞬足をもってしてもその姿を捉える事が出来ないでいた。
「ハハハ、どうかしたのかい?私は攻撃すら仕掛けてないのに息が上がってるみたいだね。」
「息は上がっていないけど、お前もそれが出来る事に驚いているのは確かだ。父の事を吐かせるつもりで手加減してたが、本気でいかせてもらおうかな。」
喜一がそう言葉を返したボクに、訝しげな視線を送っているが、これから何が起きるのかまで理解出来ているとは思えない。まだ実戦で使った事が無いのが悔やまれるが、相手にその情報を与えなかった事は、結果的に良かったと素直に思う。出来れば使いたくはないんだが。
時間の流れに意識を集中する。普段の練習から得た結果ではあるが、別段、過度に集中する必要性は無いのだ。実戦初の使用で慎重になってしまっただけの事だ。
ボクは心の中で呟く。『時間停止』。効果は読んで字の如し、そのまんまの意味だ。発動者以外の時間の流れを止めてしまうチカラだ。
このチカラには注意しなくてはいけない事があり、発動時に触れているその人物、あるいは物の時間は止める事が出来ない。人混みの中での使用は混乱を招く恐れがある。
逆にこの特性を利用して、洋子さんに触れたまま発動させれば、二人で時間が止まった世界を自由に動き回る事も出来る訳だ。イタズラ目的には使うつもりは無い。いや、本当に無いから…。
説明が長くなったが、気持ちを戦いに戻そう。先程偉そうな事を言っていた喜一だが、今はボクのチカラで時間を止められているので、瞬き一つしない状態にある。
ここである疑問がボクの中に浮かんだ。それは、喜一もこのチカラを使えるのであれば、何故時間を止めた時に、ボクにトドメを刺さないのだろうか?と言う疑問だ。
ボクはそんな疑問を頭の隅で考えながらも、通りの脇で見つけたロープで、動かない喜一をグルグル巻きに縛り上げる。
実際本気を出すと大層な事を言ってはみたものの、やっている事と言えばコソコソと動かない相手を縛り上げただけの事。そろそろリミットがきた様だ。
そう、このチカラ、長く時間を止めておくにはかなりの鍛錬が必要と思われる。時間を止めて約五分間は何も支障が無いのだが、それ以降は徐々に頭が割れる様に痛み出す。そのまま放置しておくと、強制的に解除されるので、止まったまま気絶したりはしないのが救いだ。そうなる前に解除したいところだ。
頭の痛みが激しくなる前に、『時間停止』を解除する。解除は心でその言葉を思えば簡単に出来る。停止させるよりも遥かに簡単なので、意図せず解除してしまう事もしばしば起こる。考えてはいけないと思えば思う程それを考えてしまう。見ちゃダメと言われて、つい見てしまうあの原理と同じだ。
「…、な!?なんだこれは!!何故私が縛られて…。お前一体何を…!そうかお前も時間を止められるんだな!しかしこれ程の事をやるには五分は止めなければ…、まさかそれが出来ると言うのか!?」
「そうだ、あまり知られたくは無かったけど仕方ない。お前は止める事が出来ても、せいぜい何秒かくらいなんだろう?」
自分の身に突如起きた事を理解出来た様子の喜一だが、ボクの質問には依然として答えようとしない。出来るだけ手荒な事はしたく無いのだが、父の事を聞き出す絶好のチャンスだ、ここは心を鬼にする他ないようだ。
「洋子さん、お願いがあるんだけど、港から海水を持ってきてくれるかな?塩水って確か…、電気を凄く通し易くするんだよね?普通の水でも構わないけど、何だか実験してみたくなったんだよね。」
「うん、稜くんの言う様に、私も実験見てみたいよ〜。二人で電撃出したら凄い実験になるんじゃない?わぁ、楽しみだね〜。直ぐに海水持ってくるから待っててね。」
ボクの意向を察してくれたかの様に、話に乗ってくれた洋子さん。少し悪ノリし過ぎた感じは受けたが、喜一を震え上がらせるには必要だった様子だ。洋子さんの『二人で電撃を』の辺りから、貴一の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。
ボクとしてはそれで十分だったのだが、洋子さんは本当に海水を持ってきて、喜一にザブンと頭からそれを被せてしまった。そしてイタズラな顔をワザと作った様子で、その手からはバチバチと電流を発して見せている。
「わ、分かったからそれ…、止めてもらえなかな…。ちゃんと話すから。」
ボク自身も洋子さんが本当に電撃を流しそうな雰囲気なので焦っていたが、喜一が素直に応じてくれて良かったと心からそう思った。そして深いため息を一つ吐き、今まで重かったその口を開く喜一。
「伊町くんの父親は生きている。キミがどう聞いているかは知らないけど、間違いなくキミのお父さんだよ。彼は…、その…、キミのお母さんとの復縁を望んでおられる。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それがボクに何の関係があると言うのさ?」
「さぁ、詳しくは私も聞いてないが、恐らくキミを人質にしようと考えていたに違いない。だって私の任務はキミの捕縛だからね。」
喜一の任務は理解出来るが、ボクを人質に取って一体何をしたいのかがサッパリ分からない。逆に母に嫌われるどころか、人間性を疑われて、復縁どころじゃなくなると思うが。
「もぅいいよ…。喜一、解放するから父に伝えてくれないか?男なら正々堂々と母に会いに来いと。」
「……、分かった。私もそう進言したのだが、もう一度そう伝えてみよう。今度はキミが言っていたと添えてね。」
「あ、それから喜一、これでもう街の襲撃はないよな?」
「ん?…、何の事を言っている?キミの父上が放った人間は私だけだ。他は知らないが?」
ボクはその言葉に驚き、洋子さんと顔を見合わせた。シャクシさんから聞いた母情報では、確かに父の痕跡を捕まえたみたいな事を言っていたはず。偶然にもそこに別の敵がいたとでも言うのだろうか。
「あぁ、さっき港で暴れていたヤツの事を言っているのかい?私もよくは知らないけど、あれは関わってはいけない類の怪物だね。だけどキミの父上とは関係無いからね。それは断言出来る。部下は私だけだからね。」
ボクらのその様子を見ていた喜一が、何を考えているのか察してくれた様に、答えを投げてくれた。だがその答えは知りたい事の半分に過ぎない。誰がこんな事をしでかしているのか、その答えが今は欲しい。
「喜一、すまないがあんたは父にさっきの言葉を伝えてくれるかな?ボク達は港で暴れていたヤツの黒幕を探る事で忙しいからさ。」
ボクの言葉に小さく頷き、その場から『空間転移』をして姿を消した喜一。言っている事が本当だとしたら、とんでもなくタイミングが悪い人騒がせな父親だ。正直卑怯な手を使うそんな父親になんか会いたくもない。
「稜くん、やり方は間違ってると思うけど、一応お父さんなんだし、会ってみたらいいと思う。私はあんな父親だったけど、父親に変わりないからね…。もう会えないんだし。」
洋子さんが言うと、妙に説得力がある。確かに父親なのだし、会っても良いのだが、今はまだ素直になれない自分がいる。ボクは洋子さんのその問いかけには何も答えなかった。
常に自分自身と向き合い、色々な事から逃げずに戦ってきたつもりだ。しかしこの件に関しては、同じ男として色々と思うところがある。洋子さんと結婚してからというもの、ボクもかなり考え方が変わってきている。そのうち子供が出来たらもっと変わっていくのだろうか。
自分を責める気持ちが半分、父を恥ずかしいと思う気持ち、捨てた事への怒り、そんな気持ちが複雑に入り混じる中、洋子さんが後ろからソッと抱きしめてくれた。この優しさにボクは何度救われてきただろうか。ボクも思いを込めて、そのまま洋子さんの腕を抱きしめた。
そんなボク達の心模様を知ってかの様に、太陽がオレンジ色の優しい光を横から浴びせてくれていた。その温かさのお陰で、心までホッとする。ボク達はしばらくそのまま、そこでそうして日が暮れるのを見守った。
とっておきの切り札まで出して戦った結果、なんと父親のただのワガママが原因で始まった戦いだと知る。そして他の襲撃者達の事は何も知らないと言う喜一。とすると港で暴れていたのは…




