私は生きてる
速く、速く、速く
渋滞してなかなか前に進まないタクシーにイライラしながら心ばかりが焦っていた。今、ここで降りて走っても目的地の病院まではかなりの距離がある。焦る気持ちをなんとか抑えて窓の外を見る。
神代高良が母親から連絡を受けたのはつい30分前のことである。それは突然だった。
幼なじみで恋人の上村一華が交通事故に遭い、意識不明の重体であるというのだ。高良は一体何を言われているのかわからなかった。言葉の意味を理解したとたんに不安と恐怖に襲われた。居ても立っても居られなくなりタクシーに飛び乗ったのだ。
そうこうしている内にタクシーは渋滞を抜けた。目的の病院が見えてくる。後少しというところでタクシーが信号にかかった。
「すいません。ここで降ります!お釣りはいらないんで」
高良はおもむろに財布から五千円札を出して運転手に渡した。そして急いでタクシーから降りると病院に向かって走り出した。病院内に入り、受付で一華の病室を聞く。
病室にたどり着くとそこには変わり果てた姿の一華がベッドで眠っていた。ベッドの脇では一華の母親が泣いており、それを父親が支えている。
一華がどうなっているのか聞きたいが聞ける雰囲気ではなかった。
高良が来たことに父親が気づいた。
「高良君、よく来てくれたね」
「こんにちは。一華は……」
高良は一華が眠るベッドへと近づいていった。高良の質問に答えたのは母親の方だった。
「高良くん、落ち着いて聞いてね。さっきお医者さんが来てくださって一華ね、脳死判定されたの」
何を言われているのか全くわからなかった。
脳死って何?どういうこと?
「一華はもう目覚めないの」
いきなり現実を突きつけられたような気分になった。タクシーに乗っているときは心のどこかで大丈夫、生きていると思っていたのに。一華の居ない毎日など想像もできないのに。
「そんな……。一華が目覚めないなんて」
「高良君。一華のこと今までありがとう。君には、一華の分まで生きて欲しい」
父親はそう言って悲しい笑顔を高良に向けた。
「それともう一つ、一華の臓器を提供しようと思っている。これ以上一華に傷をつけたくはない。けど、一華の一部でも生き続けることができるのなら生かしてやりたい」
「……わかりました。もう少し一華のそばに居ても構いませんか?」
「ええ。居てあげて。私たち少し手続きに行ってくるからそれまでお願いできる?」
母親が涙を拭いて立ち上がった。一華の両親は病室を後にした。
高良は一華へと近づく。
「なあ、一華。寝てるだけだよな?もう目覚めないなんて嘘だよな?……俺を置いていかないでくれよ」
一華の何も反応がないことに涙が溢れ出す。
ただただ、一華のそばで泣き続けた。